第15話 迷子の大人


 祭りの当日は、夕方から使用人も自由時間になり、各々が好きなように出かけて行った。

 町までは少し遠いので、御者が何度か往復し馬車で使用人たちを運んでくれた。その中にアリスたちも紛れ、着いた町並みは……。


 あちこちに出店が立ち並び、色とりどりの光が目に飛び込んでくる。

 中央広場が最後の踊りの場になるらしく、今はまだ人影もまばらだ。

 通り過ぎる人たちは、目いっぱいのお洒落を楽しんいるのだろう。

使用人仲間のリンダ達も綺麗なワンピースに、普段つけたことのないような髪かざりをつけ、薄っすらと化粧もしている。

 

「アリス、あなたは初めてだから付き合うわよ。何か食べたいものはある?

 それとも大道芸を見に行く? 去年は火を吹いていたわ。あれは一見の価値があるわよ」


 アリスに説明を始めるリンダ達も、嬉しくて仕方がないのだろう、興奮したように話し出す。


「ルシア様達にお土産が買いたいんです。お腹にたまらないお菓子って何がありますか?」


 お菓子ならこっちよ。と、リンダに手を引かれお菓子の出店が並ぶ通りに案内される。しばらく見てみながら歩き、ふとある物が目に止まった。


「これにします」


 そう言って前に立った店には『金平糖』が並んでいた。

 色とりどりの金平糖がガラス瓶に入っている。

 

 あの日、ダレンから貰った金平糖はもったいなくて全部を食べ終わっていない。それでも、金平糖は彼から初めてもらった品であり、思い出の品だ。

 アリスはルシアの分と、自分にももう一つ同じものを買った。

 それを鞄に大事そうに仕舞い込むと、嬉しくてつい顔がほころばせるのだった。


 屋台で買い食いをしたり、気に入ったアクセサリーを買ったりと、みんな思い思いに楽しんでいた。

 特別欲しいもののないアリスでも、ただ見ているだけでも心躍らせ、祭りの雰囲気を十分に楽しんだ頃。

 大道芸を見ようと広場に向かって歩いていたが、人込みに押されもみくちゃ状態のまま、気がつけば皆とはぐれてしまった。

 アリスは人よりも小さいために、ぴょんぴょん飛び跳ねても周りを見渡すことができない。

 迷子になるのは慣れているので、アリスは雑踏を抜けると脇にそれ、植え込みのふちにしゃがみ込んだ。

 こうなってはどうすることもできない。大きな声で呼んだところで、喧騒が声を飲み込んでしまう。

 高い所に上ったところで、見つけられても追いつくことなど無理な話だ。

 こんな時は安全な所でじっとしているのが一番だと、身を持って知っている。


 すこしだけ休憩をとると、アリスは騎士隊の詰め所を目指して歩き始めた。


 こんなこともあろうかと、町の入り口付近に詰め所があるのを確認済だ。

 アリスはなるべく人込みを避けるように、今来た道を引き返し歩き始めた。

 騎士の姿を見つけ、アリスはほっと安堵した。


「あのぉ、すみません。友達とはぐれてしまって。少しだけ休ませてもらえませんか?」


 詰め所の入り口から顔を覗かせ、誰ともなしに声をかけてみた。


「あれ? アリスちゃん。どうしたの、迷子?」


 そこにはスタック家の私兵団団長であるマイルの姿があった。


「マイル様。ああ、なるほど。お仕事ですか。ご苦労さまです」

「そう。私兵団とは言え、町の皆を守るのもお仕事だからね。団長さんは張り切ってお仕事してるところ。

 それより、メイドの皆と来たんでしょ? 迷子?」


「迷子? ですかね。皆とはぐれてしまって。こういう時は下手に動くと危ないので安全な所で待つことにしているんです」

「へぇ。迷子に慣れているってこと? そりゃ、いいや。今、一番安全なのは確かにここだ。いつまでいてくれても構わないよ。ゆっくり休んで行って」


 そう言ってマイルは満面の笑みでアリスの頭を撫でた。

 椅子を勧められ腰を下ろすと、少しだけ体が重く感じてくる。疲れていないつもりだったけど、初めての人込みや雑踏は思いの他気を使っていたらしい。

 「ふうー」と大きく息を吐くと、アリスは詰所の中から外をぼんやりと眺めていた。

 行き交う人たちは綺麗着飾り、とても楽しそうだ。はぐれてしまったけど、アリスも初めての祭りはとても楽しかった。

 今頃みんな自分を捜しているかもしれないなと、申し訳ない気持ちでいっぱいにもなった。後で、みんなに謝ろう。

 そんなことを思いながら遠くを見つめていると、見たことのある姿が目に映った。金色の髪を後ろで一つ結びにしたその人を見て、綺麗な人はどこで見ても綺麗なんだなと、感心しながら見つめていたら。気が付くとその人は目の前に立ち、「アリス?」と、声をかけてくる。

あれ?いつのまにと思う間もなく、その人はアリスの前にしゃがみ込むと、同じ視線で「どうした?具合でも悪いのか?」と問いかけてきた。

そこで正気に戻ったアリスは、


「いえ、何でもありません。皆とはぐれてしまって。安全な所に避難していただけなんです」


 少しだけ情けない思いを秘め、無理に笑って見せた。

 ダレンは「そうか」とだけ答えると、アリスの横に腰を下ろした。

 しばらく二人は並んで外の雑踏を、無言で見つめていた。


「ダレン様もお仕事ですか?」

 

 無言の圧に耐えられず、先に静寂を破ったのはアリスだった。


「仕事と言うか、町の治安を守るのも俺の務めだからな。見回りの帰りだ」

「そうですか」


「アリスは、祭りは見て回ったのか?」

「はい。一通りは見ました。さっきは大道芸人を見に行こうと思って、移動中にはぐれてしまって。小さいのがちょろちょろすると危ないので、こういう時は安全な場所に避難することにしているんです」


「ハハハ、なるほどな。それは正解だ。確かに踏まれかねないから危険だ。正しい選択だ」

「え?踏まれるほどは小さくないと思うのですが」


「いや、騎士達のような大男からしたら、一踏みさ。気をつけろ」

「ええ? それは嫌だけど。そんなことないですよ」


 少しだけギクシャクしていた二人の距離が、祭りの熱気に押されたのだろうか? 今は以前のように自然に話すことができる。

 それが嬉しくて、思わず顔をほころばせるアリスだった。


 ダレンも自然に笑みが浮かぶ自分に気が付き、気が付くと立ち上がり、


「今ならまだ大道芸に間に合うぞ。アリス、急ごう!」


 返事を待つこともなくダレンはアリスの手を握り、笑顔のまま詰め所を飛び出していた。



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