第16話 大道芸と青いリボン
アリスの手を握りしめたまま、人並みを縫うように足早に歩くふたり。
周りの笑い声も、時折ぶつかる肩の衝撃さえも、今の二人には楽しい一コマでしかない。
自分よりもはるか高い位置にあるダレンの顔を見上げるアリスを、振り返り微笑み返すダレンの顔は優しい。
昔に戻ったようで、アリスは心から嬉しかった。
大道芸をやっている広場につくと、山場を迎えるところらしくひと際大きな歓声が聞こえて来た。
人の頭の隙間から見えるそれは、リンダが話していた「火吹き」のようで、少しだけ火が見える。その度に歓声は大きくなり、人の波もその度に大きくゆれうごいていた。
「見えるか? さすがに肩車はできないしなあ」
「大丈夫です。火が見えたので、雰囲気はわかりましたから」
見るもの全てが初めてのアリスにとって、肌で感じるだけで楽しい。
人並みの最後列に位置する二人。ここなら人の目に触れることも少ないかもしれない。そう思ったダレンは「ちょっと我慢してくれ」と、いうが早いかアリスを片手で抱えると自分の肩付近まで持ち上げた。
子供にする片手抱っこのようではあるが、さすがに成人女性にするそれではない。それでも、高い位置から見る大道芸はとてもよく見える。
ちょうど大きな風体の男が、酒瓶から直接酒を口に含むと、左手に持つ松明めがけて一気に酒を吹きかけた。
酒を吹きかけられた松明の火は勢いよくその大きさを増し、並ぶ人たちに届く勢いで燃え盛っていた。
「スゴイ! ダレン様、スゴイです」
ダレンに抱えられていたアリスは、迫力のすごさに声を上げて喜んだ。
それを見ただけで満足なダレンは「よかったな」と、小さくつぶやいたのだった。
興奮の中で大道芸も終わり、人の流れは二つに分かれていく。
このまま家路や祭りの屋台に戻る者。もう一つは、祭りの花である踊りの輪に向かう者達だった。
町の中央広場に位置するそこには、すでに灯りが灯り演奏隊が音楽を鳴らし、主役たちを今かいまかと待ち構えていた。
踊りの中に入れずとも、それを見ているだけでも楽しいし、なんなら相手のいない者同士で急遽踊り出す場合もある。
相手を求める若い男女は、我先にと広場に向けて急ぎ向かっている。
踊りに興味のないアリスは、大道芸を見たら帰るつもりでいた。
でも、なぜか迷子防止にと握られていたダレンの手は、抱っこから下ろされた後も当たり前のように繋ぎなおされている。
なんなら、前よりも固く握られ熱も帯びている気がする。
恋人同士や婚約者だけが楽しむ踊りではないと聞いている。
友達や、家族、今日知り合った気の合う者同士でも構わないらしい。
それならば、ダレンと手を取り踊ることも大丈夫な気がするが、主と使用人の立場を思い出し、だからダメなんだと自分を叱りつけてみた。
「アリス。踊りを見に行ってみるか?」
自分の声が聞こえたのかもしれないと驚いたアリスだったが、見上げたダレンの真っすぐ見たまま笑ってはいなかった。
自惚れるな。調子に乗るなと、自分を戒めてきたつもりだけれど、今のダレンの様子を見れば勘違いせずにはいられなかった。
なんでも有りの踊りの広場なら、少しくらい夢を見てもいいよね。もう二度とこんな機会はないかもしれないから。ちょっとだけ……。
「どんな踊りか見たことが無いですし、踊りは苦手なのですが。
ダレン様が教えてくださいますか?」
ダレンの横顔に向かい、勇気を出して返事をしてみた。
その答えにダレンはアリスに向き直り、
「ああ、俺がちゃんと教えてやる。安心しろ」
明るく嬉しそうに笑うダレンが眩しくて、本当に綺麗な人は得だなと妙に関心をしつつ、アリスは目を細めた。
中央広場までの道のり、アリスの着ているワンピースの話題になった。
ルシアが子供の頃に着ていた物だと気が付いたダレンは、こんなお古で申し訳ないと詫びていたが、アリスには上物のため嬉しいのだと答えた。
手を繋ぎ歩くダレンが急に立ち止まると、ポケットから何やら紙袋を取り出した。
「今日着ているその青い服、よく似合っている」
「え? ありがとうございます。ルシア様がこれにした方が良いって言ってくださったんです」
「ルシアが……」
紙袋を握りしめ、少し俯きながら考え事を始めたダレン。しかし、すぐに意を決したようにアリスを見つめると、その袋から空色のリボンを取り出した。
「今日の服に似合うと思う。これを髪につけてもいいか?」
空色のリボンは見るからに上等な布地に見える。多分絹だとおもう。
「そんな高価なもの、いただけません」
「お前がもらってくれなければ捨てるだけだ。もったいないと思わないか?」
熱を帯びたような瞳で訴えかけられれば、断る術などアリスにはない。
「ご兄妹揃って同じような事をおっしゃるのですね。よく似ています」
ふふふと笑うアリスにダレンも笑みをこぼし、少し膝を折りながら、そっとアリスの髪にリボンを結んだ。
「よく似あう」
ダレンの言葉に少しはにかみながら「ありがとうございます」と見上げた彼の顔は、少しだけ頬を赤く染めて見えた。
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