第14話 祭りの準備


 翌朝、元気な様子のルシアを見て、アリスはほっとした。


 ルシアの横には夫えあるアイダール侯爵が張り付き、片時も離れようとしない。妊娠がわかったルシアは、大事を取ってしばらく安静を言い渡された。その為、しばらくの間スタック家で休養するらしい。


「アリス、しばらくこの地に留まることになった。変わらず側にいてくれるか?」

「もちろんです! こちらこそよろしくお願いします」と、深々と頭を下げた。


それをみたアイダール侯爵に「わが妻をよろしく頼むね」と、優しくほほ笑むその顔は、ルシアを愛しそうに見つめていた。


 

 ルシアのおめでたに屋敷の中はお祝いムードで明るくなり、加えての祭りだ。

 使用人たちも浮かれ始めていた。それを感じ取り、アリスもワクワクが止まらなかった。

 ルシアの様子を見て安心したアイダール侯爵は、「また来る」と言い残し、一旦領地に戻って行った。

 少し寂しそうにするルシアも、半日も経たずに飽きたのか「少しくらい動いても大丈夫だろう?」と庭に出ようと画策し始める。

 それをなだめすかし諦めさせるのが、目下アリスの一番のお役目である。


「本当なら、お前と祭りに行くはずだったのに。まったくもって、残念だ」


 本気で残念がるルシアに、アリスも少しだけ呆れながら


「ルシア様。お土産をいっぱい買ってきますから、大人しくお待ちくださいね。ちなみに、お土産は何が良いですか?悪阻はまだですよね? じゃあ、お菓子とかが良いですか?それとも……」「いや、何もいらんよ。この町の祭りは産まれた時から通っているんだ、十分知っている。それよりも、お前は祭り自体初めてなのだろう? せいぜい迷子にならぬよう、楽しんでおいで」


 ルシアはアリスの手を取ると、中に何かを握らせた。

 なんだろうと手を開いてみると、中には金貨が一枚入っていた。


「ルシア様。いけません。これはいただけません」

「アリス、勘違いするな。これで私に土産を買ってきてくれ。まさか、侯爵夫人ともあろう私が、安月給の侍女見習いの身銭で土産をもらうわけにはいくまい?

 そうだな、何か腹にたまらない軽い菓子がいいかな。後は駄賃だ。

 祭りの準備には金がいる。好きに使うと良い」


 にこりとほほ笑むその顔は、一度渡した金は絶対に受け取らないと言う意思を強く感じさせ、アリスは素直にもらうことにした。


「ルシア様。ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


 二人は顔を見合わせ、嬉しくて笑いあった。



 いよいよ、明日は祭り。メイド仲間のリンダ達と夜店に出向く予定になっている。この日ばかりはダレンもルシアも、使用人に仕事を言いつけたりはしない。

 娯楽の少ないこの地で、唯一に近い楽しみな日だ。その意味がわかっているだけに、ダレンたちは暖かく送り出している。

 と言うよりも、伯爵自ら率先して祭りに繰り出していたのだから、邸が手薄になっても何の問題もなかった。



 明日は何を着る? 髪飾りはどれがいいかな? この前新しい洋服を買ったの。等、リンダ達はお洒落をして行くらしい。

 そんな会話をぼんやりと他人事のように見ていたアリスに、「アリスは何を着ていくの?」と、問われ「え? この制服です」と何のためらいもなく答えた。

 それを聞いた皆は顔を見合わせ、思わずため息を吐くのだった。


「アリス。そう言えば、あなたがここに来てから、一度も外出したのを見たことないんだけど」との問いに、「そうですね。私用で出かけたことはないですね」と、あっけらかんと答えるのだった。


「ねえねえ、アリスちゃん。まさかと思うけど、あなた外出着を持っていないなんてことないわよね?」

「え? 外出着ですか? ここに来た時に来ていたワンピースがあります。

 って言うか、あれ一枚しかもってないんですけどね」


 と、ケラケラ笑い出しのだ。それを聞いた皆は額を合せるようにひそひそと話し合い始め、ルシア様にとか、いやいやマリアさんにとか、何やら漏れ聞こえてくるのだった。このお仕着せを着て行くことが問題なのか?と思い、ならばワンピースで良いのにと、思い始めていたら。


「アリス、祭りにお仕着せは無しね。スタック家の使用人とわかれば、町の人たちも気をつかうもの。それにこの祭りはね、最後に踊りがあるの。

 その踊りに、男性から女性を誘うことが出来るのよ。もちろん嫌なら断ってもいいけど、だからこそ女性は皆着飾って行くの。人目を引くようにね。

 いつ、どこで見初められているかわからないし、これが縁で結婚する人たちも多いの。だからね、アリス。外出着、何とかしなさい!」


 突然言われたアリスは正直面食らってしまった。

 妙に皆がウキウキしているとは思っていた。祭りに行ったことのないアリスにとっては、それほどまでに楽しいものなのかと思っていたが、そうではなかったのだ。出会いを期待しているからこそ、独身の使用人たちは気もそぞろで待ち焦がれていたのだ。

 それが理解できたアリスは妙に納得し、だからルシアが祭りの準備と称して駄賃をくれたのだと初めて理解した。

 そういうことならもっと早くに教えてくれればいいのにと思いつつ、ダンスは苦手だし、目的がそれなら早めに行って早々に帰ることにしようと決めた。


 アリスにとって結婚はまだ先の話だし、それに今、彼女の心の中にはある人の姿が浮かび続けている。

 それを捨てることは出来ないし、求めても手に入らないことも知っている。

だからと言って、他の人で妥協できるほどアリスの気持ちは軽くはないのだから。

でも、この地に来て少しだけ成長したアリスは、ここの来るときに着て来たワンピースが小さくなり始めている事にも気が付いていて、どうしたものかと思い切ってルシアに相談をした。


 ルシアはアリスが相談に来ると初めから知っていたように、部屋のソファーに数枚のワンピースが用意されていた。


「ルシア様、これは?」

「祭りの話を誰かに聞いたのだろう? 何となくお前の様子から、祭りの趣旨を知らないのだろうなと思っていたんだが、黙っていて面白がっていたんだ。

 だからこれは、いわばお詫びだな。貰ってやってくれ」


「こ、こんな高価な品はいただけません。私にはもったいないです」

「そんな気を使わずともいいぞ。これは、私が子供の頃に着ていた物だ。

 確かに品は良い物だが、さすがに小さすぎて誰も着れん。人にやろうにも古すぎてくれるわけにもいかない物だ。だから、お前が着てくれればこの洋服たちも喜ぶさ。どうだ、もらってくれるか?」


 思わず手に取ったそれは、綿は綿でもアリスたちが普段着るような物とは明らかな質の違いを感じる。それでも、あえて綿の物を用意してくれたのだろう。

使用人としての立場に合わせ、周りとの調和を乱さない程度の物を。

 

「ありがとうございます。洋服たちに喜んでもらえるように、着させていただきます」


 ワンピースを胸に握りしめ、アリスはお礼を述べた。

 

「そうしてくれ。捨てるには少し忍びなくてな。もらってもらえれば、こちらも助かる。

 それと、その胸に抱えている青色のワンピースがお前によく似合うと思うぞ。

 当日はそれを着て行ったらどうだ?」


 言われてよく見れば、他のものよりも色味が濃く、少しだけ大人っぽく見せてくれそうだった。


 アリスは嬉しそうに微笑み、こくりと頷いた。


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