第2話 拾い物
アリスはダレンに抱えられながら馬に乗り、辺境伯の館に着いた。
ウトウトしていたアリスだが馬の歩調で着いた事を知り、外套の中から顔を出そうとすると頭の上から声が降って来る。
「もう少しそのまま外套の中で大人しくしていてくれないか? 面白いことになりそうだから、ちょっと付き合ってくれ」
外套の中からそっと見上げた顔はアリスを覗き込むように上から視線を落とし、その目は子供のようにキラキラと輝いていた。
アリスはその目を知っている。領地の子供や歳の離れた長兄の子供たちが、隠れて悪戯をするときの目だ。
アリスも悪戯や面白い事は大好きだ。よくわからないが、ダレンの顔を見たらワクワクしてきたのでその話に乗ることにした。
「わかりました。外套の中で大人しくしています」
「ふふ。話しが分かるようで助かる。後で褒美をやろう」
「えへへ、ありがとうございます」
二人の中で交渉が成立した瞬間だった。
馬が着くと館の中から使用人たちが出迎える。
ダレンは手綱を使用人に渡すと、アリスを胸に抱えながら馬から降りた。
抱え心地が悪く落ちそうになるので、アリスはその身をぐるんと回転させてダレンに抱っこするように向きを変えた。
ダレンはそれを自らの腕で支えながら「器用だな」と、ククッと笑い出した。
アリスも「小さい体が役に立ちました」と、外套の中からくぐもった声で答える。
たとえ体が小さいとは言え、一応成人女性のアリス。いくら大きめの外套とは言え、明らかに異常なほどに膨れた膨らみを見て使用人たちは、皆声に出さずにため息を吐いていた。
「ダレン様、お帰りなさいませ。大変な雨でしたが、ご無事のお戻り何よりです」
「ああ、今帰った。変わりはなかったか?」
「はい、お屋敷内に変わったことはございませんでした」
「そうか、それはよかった」
ダレンが何事もなく屋敷内入ろうとした瞬間
「お待ちください! はぁ、まったくあなたと言う方は。今度は何を拾って来たのですか? 雨の中で拾って来たのなら屋敷に入れる前にせめて洗ってください。後始末をするメイドの身にもなりなさい!」
前当主から仕える執事のセバスチャンが腰に手をあて、ダレンに説教を始めた。
「お優しいのは良いことですが、こう頻繁に拾ってこられては世話をする我々の身が持ちません。せめて小さい生き物ならまだしも、その胸元の膨らみは何ですか? どれだけの大型の動物を拾ってきたのですか? まったく、いい加減になさいませ!!」
「ああ、そうだなあ。でも、今回は俺が面倒を見ようと思う」
「ダレン様が? あなた自らが?」
「うん、俺が自分の手で? 面倒見ようと思う」
外套の中でアリスは「?」と、頭の中に疑問符が飛び交った。
この当主様は動物を何でも拾ってくる癖があるのだという事は理解した。
そして、外套の中に隠れている自分が大型の動物に間違われていることも分かった。しかし当主自ら面倒を見るとは? メイドとして雇われてはみたものの、その実態は雇い主の気持ち次第だ。
まさか、他の動物のように自分も飼われてしまうのか?と、不安でたまらなくなり上を見上げると弧の字に描いた目と目が合った。
「ん?」と覗き込まれる瞳は優し気で、アリスは思わず頭をふるふると震わせそのまま俯きその身を小さくした。
「まあ、そう大きな声を出すな。こいつが怖がっている。幸い、雨には少ししか濡れていないが、何か暖かい物を用意してくれないか。俺の分もな」
「はぁ、畏まりました。すぐにご用意いたします。で? どちらにお運びいたしましょう?」
「そうだなぁ。アリス、どこが良い?」
ダレンは自分の胸元を覗き込むように声をかけ、ボタンを一つ一つ外していく。
アリスはそこからひょこっと顔をだし、キョロキョロと辺りを見渡した。
「な! な! 何を拾って来たのですか? 子供? 親はどうしたのですか?
ああ、ついに人間までさらって来るなんて。私は前当主様に顔向けができません! かくなる上は、この私が一人罪を背負いこのスタック家を守ります。良いですか? この事はこの老いぼれが一人で仕出かしたこと、何も知らぬ、存ぜぬで墓場まで持っていくのですよ? いいですね?」
「おい! 待て、セバスチャン。早まるな!!」
ダレンが大きな声を上げ、執事であるセバスチャンの声を遮る。
ダレンの胸に抱えられていたアリスは「下ろしてください」と小声で頼み、ゆっくりと外套の中から姿を現した。
子供のように見えるその少女が、自分の足でしっかりと立っている。
着る物も上等品ではないがそれなりで、捨て子を拾って来たわけではなさそうだ。
「自己紹介が遅れ、申し訳ありません。こちらのスタック辺境伯爵家でメイドとしてお世話になることになっています、アリス・ミラーと申します。
急な雷雨で困っているところを辺境伯爵様に見つけていただき、ここまで馬で連れて来ていただきました。こう見えても成人を迎えています。なので、決してさらわれて来たわけではありませんので、どうかご安心ください」
アリスは深く頭を下げてお辞儀をした。
一瞬の沈黙の後、「ああ、ミラー子爵家の……?」セバスチャンの問いに、
「そうです。ミラー子爵家の末娘でアリスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
満面の笑みで答えるアリスは、やはりどう見ても成人した貴族令嬢には見えない。
それでも我が主が法を犯したわけでは無いと知り、セバスチャンはその場にへたり込んでしまった。
「セバスチャン、大丈夫か?」
駆け寄るダレンに渾身の力を込めてセバスチャンが叫ぶ
「誰のせいでこうなったと思っているのですか? ちゃんと反省なさい!!」
「……はい」
項垂れるダレンは、耳を倒して反省する大型犬のようだった。
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