アリスの恋 ~小動物系女子は領主様につかまりました~

蒼あかり

第1話 雷雨の出会い


ピカッ!! ゴロゴロー!!



 アリス・ミラーは突然の雷雨に驚き、近くにあった農作業小屋の軒先に逃げ込んだ。


「さっきまで晴れていたじゃない。なんなのよぉ!!」


 叫んだところで天気は変わらないことくらいわかっている。でも、叫ばずにはいられない気分だった。

 すると大きな雷が『ドカーン!!』と鳴り、地響きがする。突然の稲光と大きな音に思わず「ギャー!!」と悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込んでしまった。


「どうするのよ、これ! この小屋に雷落ちたら私死んじゃうの?」


 不安で今にも泣きだしそうなアリスの耳に馬の嘶きが聞こえてきた。

「ん?」と思い膝に埋めていた顔を少しだけ上げると、目の前に馬の足が見える。目線をもう少し上に向けると、そこには高級そうな外套を着た、金髪の見目麗しい男性がいた。雨に打たれながらもカッコいい人はカッコいいんだなぁと、アリスは心の中でつぶやいた。

 

「さっきの悲鳴は、お嬢ちゃん?」

 

 男の問いにアリスはぴょんと立ち上がり、『うん、うん』と頭を上下に振り無言で答える。頭の上の方に一つ結びにしたくせ毛の栗色の髪が揺れ、まるで大きなしっぽのようだ。それを見て「あ、リス」と男の口から漏れた。


「え? は、はい。アリス・ミラーです」


 なぜ初対面のこの人は自分の名前を知っているのだろう? と不思議に思い、アリスは小首をかしげる。しかしすぐに『人さらい』の文字が頭をよぎり、男を睨みつけながら鞄を胸に抱え込むとジリジリ後退りを始めた。

 それを見た男はアリスの考えを理解したのだろう、馬からひょいっと軽々しく飛び下りると、


「俺はここ、スタック辺境伯領家の当主ダレン・スタックだ。怪しい物じゃない。

ところで、こんな所に子供が一人でなにをやっているんだ? 親や保護者は? はぐれたのか?」

「え? 辺境伯様?」


「ん? そうだが、君はここの町の者ではないのか?」

「は、初めまして。私はアリス・ミラーと申します。実はスタック辺境伯様のお館でメイドとして雇っていただくことになっていて、お館まで向かう道中でした」

「君が? メイドに? まだ子供だろう?」


 アリスはいつものことなので慣れた口調で答える。


「こんななりではありますが、先日成人を迎えました。当家親戚筋のマロン伯爵様から紹介していただきまして、紹介状は事前にお館に届いているかと。

私も決して怪しい者ではありません」


 男は目を丸くして驚いている。それはアリスを始めて見る者の、極めて普通の対応だ。そんな表情もアリスには見慣れた光景で、最初は怒りも込み上げたが今は何とも思わなくなってしまった。



 アリスは小柄で普通の成人令嬢よりも背が低く、体つきも幼さが残っている。

 そのうえ顔は童顔、髪はくせが強い栗色でフワフワしてまるで小動物のような見た目だ。しかも、今日は旅のために髪を頭の上の方で一つ結びにしている。動く度にヒョコヒョコ揺れる髪はまるでしっぽのようだ。

 先ほどの「あ、リス」の言葉を思い出し、アリスの名ではなく動物のリス呼びだったかと思い至り「人さらい」ではないことに安心した。

 

「使用人の管理は執事や侍女長に任せているから俺は知らなかったんだが、それは失礼した。目的地は一緒だ、乗せて行こう」


 ダレンは馬を指さし、悪戯そうな顔でほほ笑んだ。

 アリスは「いいんですか?」と、満面の笑みで飛び上がらんばかりに喜び、それを見てダレンはくすっと笑った。


「もしかして荷物はそれだけか?」

「はい。これだけです」


 そう言われてアリスが差し出したのは、小さな鞄ひとつだけ。

 ダレンは不思議そうな顔でその鞄を見ながら「ふぅ~ん」とつぶやいた。


「アリス。君はその荷物を抱えてくれ、俺は君を抱えて走る」

「え? 私を抱える?」

「そうだ。安心しろ、雨でもちゃんと君を落とさず走るから」


 先に馬に乗ったダレンが「さあ」とアリスに手を差し出した。

 なるほど自分の前に乗せて支えると言う意味かと理解し、差し出されたダレンの手に自分の手を乗せひっぱりあげてもらった。

 ひとつ違うところは、貴婦人達がそうするように横乗りではなかったことだ。


 田舎貴族のアリスは小さいながらも自分で馬に乗ることができる。しかも横乗りではなく、しっかりと跨いで乗る。その方が安定するし、そうするものだと思っていた。なのに、跨いで座ったアリスを見てダレンは酷く慌てたような声で


「おい、ちょっと待て。アリス、いくらなんでもこれはどうなんだ?」

「どう、とはなんでしょう? いつものように乗ったつもりなのですが」


「え? いつもこんな風に乗るのか? ワンピースで?」

「はい。兄達のお古の子供服で乗る時もありましたが、ワンピースの時とかも普通に乗っていました。その方が安全ですから」


「うん、まあそうかもしれないが、安全は安全だと思うが。それにしても……。目のやり場に困るなぁ」

「何か言いましたか?」

「……いや、何でもない。

じゃあアリス、鞄をしっかり抱えていろ。それと、君は俺の外套の中に入れるから大人しくしていてくれ」


 ダレンは自分の外套のボタンを外し、その中にアリスを入れるとボタンを留め始めた。

 少し大きめの外套にすっぽり入り込んだアリスは、首元のボタンを少し多めに外したそこから顔だけをヒョコっと出し、息をする。


「狭いと思うが我慢してくれ。馬で走ればすぐだ」

 そう言うと馬の腹を蹴り駆け出した。


 ダレンは両脇でアリスを抱え込むように馬の手綱を握る。彼の外套の中でアリスは必死になって鞄を抱えダレンの胸に背をあて身を任せた。

 

 馬の速さは思いのほか早く、前からの雨が顔に当たって痛い。

アリスはダレンの胸元から出していた顔を外套の中に埋めてみた。息苦しいかと思ったが意外と外套の中は余裕があり、暖かく快適だ。

 ほんのわずかな距離なのに、アリスは旅の疲れもあり少しだけウトウトしてしまった。

 ダレンは胸元で抱え込む少女が寝始めていることに気が付き「とんだ度胸だな」と、頬を緩ませた。


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