第3話 ご褒美
その後場所を変え、ダレンの執務室で契約を交わすことになった。
ダレンとアリス、そして執事のセバスチャンと侍女長のマリア。
机を挟み契約書に署名をし、これで晴れてアリスはスタック辺境伯家のメイドになれたことになる。
「アリス、旨いか?」
「はい!! 私、こんなに美味しい焼き菓子は初めて食べました。感激です!」
「そうか、そうか。沢山あるからいっぱい食べろ」
「よろしいのですか? ありがとうございます」
遠慮を知らないアリスは頬いっぱいにクッキーやビスケットを頬張り、さしずめ頬袋を膨らませたリスのようだと、居合わせた三人は同じことを考えていた。
「それにしても、本当に驚きました。こんなこと、二度とやめていただきますからね。私の心臓は鋼ではありません」
「ははは。すまなかった。まさかこんなに上手くいくとは思わなかったんだ。アリスにも協力してもらったから出来たことだ。これは俺の言う事を聞いてくれたご褒美だ。好きなだけ食べて良いぞ」
「はい!! ありがとうございます」
飛び上がらんばかりに喜ぶアリスにセバスチャンもマリアも顔を見合わせ、ため息を吐いた。
「それにしても、供も付けずに貴族令嬢が一人で来たのですか?」
マリアが心配そうに声をかける。
「はい。私はこんななので、今までも女性としての危険を感じたことは一度もありませんでした。今回も子供の一人旅だと思われて、皆さんとても親切にしてくださって。お昼や晩御飯までご馳走してもらったりして、とても良い旅でした」
ニコニコ答えるアリスに他意はない。本当に良い旅だったのだろう。
「でもね、アリスさん。女性としての危険はなくとも、子供を狙う人さらいはどこの地にも存在します。もう二度とこんな真似をしてはいけませんよ」
真剣な眼差しのマリアを見て、アリスも自分の無鉄砲さを痛感した。
「はい。そうですね、私は運が良かっただけなんだとわかりました。今後は十分気を付けます」
「そうしてください」
マリアはニコニコと幼子を見るような目でアリスを見ていた。その瞳が母のようで、アリスは心配させたことに胸が締め付けられる思いだった。
「では、執事の私からも一言。こうして契約を結んだ以上、ここスタック辺境伯家の当主であるダレン様の言葉は絶対です。その言葉に従うように。
そして、この館にいる全ての人間があなたの先輩になります。先輩の言う事は素直に聞き、仕事を疎かにすることのないように。いいですね」
「はい! メイドのお仕事を頑張らせていただきます!!」
アリスはメイドとしての契約を結び、嬉しくてたまらなかった。
『貧乏子沢山、田舎貴族』のミラー子爵家の末娘として生まれたアリス。
兄が三人、姉が二人の六番目の子どもである。末娘として大層可愛がれて育った。
上の兄姉たちは皆結婚をしたり、それぞれ仕事を持ち自立をしている。
末娘のアリスも今年十六歳になり、晴れて成人の仲間入りを果たした。
本来なら成人と同時に社交界デビューを果たし結婚相手を探したりするのだが、貧乏貴族にはそんな余裕などない。
ミラー家では成人した暁には自立をすることになっており、アリスも親戚を頼りスタック辺境伯爵家のメイドとしての職を得ることができた。
貧乏貴族故、使用人は最少人数。自分の事は自分でするをモットーに、身支度や食事の準備、掃除も困らない程度には身についている。
貴族メイドとはいえ下端からのスタートだ、そこは気負わず実直に教えを請い勉強するつもりでいた。
「そこでなんだが、ちょっと提案がある」
ダレンの言葉に三人は同時に彼の顔を見た。
「アリスを俺の傍付にしたいと思っているんだが」
ダレンの言葉の意味がよくわからないアリスはキョトンとした顔をしているが、その言葉を聞いたセバスチャンとマリアは「「はあ~」」と二人同時に大きな息を吐いた。
セバスチャンは目を閉じ天井を見上げ、マリアは額に指を置き考え込んでいる。
「問題はないだろう?」
「「問題大ありです!!」」
セバスチャンとマリアが同時に怒鳴るように声を張り上げる。
その声にビクリと肩を揺らし、驚くアリス。
「一体何を考えておるのですか? いくら小さきものがお好きでも動物ではないのですよ? 生きた人間です。しかも、子供に見えるとはいえ一応成人を迎えた貴族の令嬢です。周りに何を言われるか? どうせあなた様のことですから、ただの侍女扱いではなく飼い猫のようになさるおつもりでしょう? 少しはアリスの事もお考えなさい!
奉公先で主から寵愛を受けたなどと噂がたったら、これより先の縁談に支障をきたします。そうなったらどう責任を取るおつもりですか?」
「それは……。そこまでは考えていなかった」
不貞腐れるようにつぶやくダレンに、マリアからの追い打ちが注がれる。
「今のダレン様とアリスの様子では、間違いなくロリコンの称号が付くことでしょう。それでもよろしいので?」
マリアの言葉に目を見開き、すかさず反論する。
「俺は決してロリコンなんかじゃないぞ!いつだって恋愛対象は大人の女性だ。
た、ただ小さくて可愛いものが好きなだけで。撫でたり、もふもふしたりするのが好きなだけだ。別にロリコンではない。可愛い物が好きなのは……普通だろう?」
小さい子供のように俯きボソボソつぶやく姿は、とても辺境の地を守る屈強な騎士には見えない。
「大の大人になったらば、そういう事は隠すものです。枕元に未だにぬいぐるみを置くなど。だからいつまでたっても婚約者が決められないのですよ。少しは自覚なさいませ」
セバスチャンがダレンに小言を言う。それを見ながらアリスは、この館で一番強いのはセバスチャン様かもしれないなぁと、他人事のように考えていた。
そしてたった今、アリスは一つ新しい言葉を覚えたのだった。
「ロリコ……ン」
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