第3話 ・・・ はぁ?
その日、ついに事件は起きた。
終業式を控え、浮き足立った雰囲気の朝。そして明日はクリスマスイブ。思えば数日前から一触即発状態ではあったのだ。
すでに相手がいる者は高みの見物、片思い中の者は我が身に置き換えて見守り、普段恋愛に興味のなさそうな者までも、彼らの動向に目を配り耳をそば立てていた。
校門のそばに立っているのは人待ち顔の加川くん。待ち人はおそらく
そしてその彼を、稲生さんが教室の窓から見つめていた。表情はすでに憂いを帯び、その時を覚悟しているよう。
茨本さんは校門をくぐると、いつものように
「茨本!」
虎枝くんに追いつく寸前のところで声をかけられた茨本さんは、足を止めた。その時彼女が、観念したような表情を浮かべたのは ─── そして、あたしと一瞬目があったのは、気のせいだっただろうか。
茨本さんが加川くんに振り向いたところで、稲生さんは目に涙を浮かべ窓から離れた。それ以上見ていられなかったみたい。彼女はあさぽんに付き添われ、女子トイレへと駆け込んだ。
「おはよう」
「おはよ」
「……おはよう」
うっかり一緒に振り返ってしまった虎枝くんも、一応挨拶する。かなり気まずそうだけど。
「明日、浅本たちとクリパやるんだけど、茨本も来ない?」
「ごめん、その日は用事があるから、あさぽんにも断ったんだ。でも、誘ってくれてありがと」
「じゃあ、明後日は? いや、冬休みのどっかで遊びに…」
「加川、ごめん。私、好きな人いるからそういうのは……」
加川くんがグッと言葉を詰まらせた。ブレザーの裾を握った手に力がこもる。
「……こいつか?」
虎枝くんの方を見ないまま、加川くんが顎を振って彼を指す。茨本さんは加川くんの悲痛な表情を直視できないのか、目を逸らした。
「違うってば」
「だって、いつも一緒にいるじゃん」
「あの、別にいつも一緒ってわけじゃ」
「てめーは黙ってろ」
虎枝くん、災難だな……そろそろと後退りしかけるも、茨本さんがリュックの端を掴んでいた。逃げられないと悟った虎枝くん、精一杯気配を消そうとしているみたい。無駄だと思うけど。
「最近俺のこと避けてるのって、稲生たちと変な感じになるから?」
「……それは、関係ない。私の気持ちの問題」
あーあ、茨本さん嘘が下手だ。絶対稲生さんに気を遣ってる。
「……好きな人って、どこの誰だよ」
「それは、加川には関係ない。行こ、ドリー」
茨本さんは足早に歩き出した。虎枝くんも当然のように連行。ってか、ドリーって何? ……ああ、イタドリだから、ドリーか。いや茨本さん、なんてタイミングで変なあだ名を……ほら、加川くんだけでなく、当の虎枝くんも「えっ?」って顔してるぅ。
もう大変。校庭にいる人たちは3人に大注目してるし、あちこちの教室の窓からもいっぱい見られてる。なのに歩きながらまだ喋ってるし……
「なあ、相手が誰かだけ教えて。中学が一緒だったやつ? それともバイト先の?」
「言わない。言いたくない」
「じゃあ、やっぱ嘘だ」
「嘘じゃないもん」
「あの…茨本さん、リュック離して」
茨本さん、上履きに履き替える間も、片手で虎枝くんのリュックを掴んだままだ。その様子を見た加川くん、一層苦々しげな顔してる……
もしかして茨本さん、わざと嫌われようとしてるのかなぁ。
「どんなやつだよ。噂どおり、あれか? 年上のおっさんとか、タトゥまみれのクラブDJとか」
突然、キッとした表情で茨本さんが振り向いて、叫んだ。
「違う! 次元の違う、王子さまみたいな人だよ!」
昇降口付近にいたすべての生徒が、茨本さんを見ていた。加川くんも呆気に取られて足を止め、茨本さんを見つめるだけ。
「行くよ、ドリー」
茨本さんは虎枝くんを引っ張って小走りに去ってしまった。しばらく呆然としていた加川くんも、周囲のヒソヒソ声に気づいて後を追う。
「ごめんね、ドリー。なんか巻き込んじゃって」
「え、いや、いいけど……ドリーって」
声を顰めた二人が教室に入ってドアを閉めようとしたところで、加川くんも飛び込んできた。
「何だよ、王子さまって!!」
声を荒らげる彼に、女子生徒が小さく悲鳴を上げる。
「次元が違うって、何だよ…… 俺なんか眼中に無いってこと?」
声がだんだん小さくなり、涙が混じりだす。加川くん、さすがに傷ついた顔してる。見てるこっちの胸が痛むくらい。
「違う、違うよ。そういう意味じゃないの。ほんとに、言葉通り、次元が違うっていう」
「……はぁ?」
「加川がどうこうじゃないんだ。ほら、さっきも言ったでしょ。完全に、私の気持ちの問題で」
「もしかして……二次元ってやつか。何だよソレ。二次元がどうとかって、こういうオタクが言うやつだろ?!」
涙目の加川くんに指をさされた虎枝くんと、急に涙目になった茨本さんが、同時に声を上げる。
「次元を超えて人を好きになって、何が悪いの?」
「僕はたしかにオタクだけど、三次元に彼女います」
突如降って湧いた修羅場を見守っていたクラス全員が、同時に声を上げた。
「「「「 はぁ? 」」」」
・・・ はぁ?
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