第2話 ショウの幕が開く


 その日以降、I−Aクラスは二人の話題で持ちきりとなった。なんせクリスマス間近。誰と誰がくっついたの離れたのと、あちこちで話題になる時期だもの。

 その上、話題の主役はあの茨本紀代桂いばらもと きよか

 彼女は一見ごく普通の生徒だけど、怪しげな噂をよく聞く。家庭環境が少し特殊だったらしく、年上男性と道ならぬ恋愛関係にあるとか派手な髪色のクラブDJと付き合ってるとか。実際、たまに授業をサボったり夜の繁華街を歩いているのを目撃されたりしている。


 そんな彼女が、平凡な男子生徒代表みたいな虎枝文吉いたどりふみよしと毎朝一緒に登校するのだ。

 実際は彼女が校庭で彼を捕まえ、教室まで喋りながら来るだけなんだけど、そこは噂話。面白おかしく、家から一緒に登校、なんて話にまで広がっていた。




「なあキヨカぁ、お前虎枝と付き合ってんの?」

「だから違うってば」


 もう何度目かもわからない、そんなやり取り。噂や人目なんて、全く気にしていないみたい。


「じゃあ、カレシとかいる?」

「いないよ。欲しくもないし」

「出たー。若者の恋愛離れ〜」

「その分、あんたが人一倍ガッついてるじゃん。プラマイゼロじゃない?」


 ヤンチャっぽい男子生徒にも、茨本紀代桂は全く怯まない。しょんぼり引き下がるヤンチャくんにちょっと同情。

 彼女は制服を着崩してもいないし髪も普通に黒のセミロング、ピアスとかも開けてない。クラスの真ん中ぐらいに位置する最大派閥にゆる〜く属している感じで、どのグループとも仲がいい。たまにふらりと他のクラスに遊びに行ったり、一人で美術室や図書室で過ごしたり、中庭を眺めながらぼーっと音楽を聴いたりと、独特な立ち位置。

 正直、ちょっと憧れる。あたし自身はすごく人目を気にして、スクールカースト上位のグループに必死にしがみつくタイプだから。


 スクールカーストといえば、虎枝くんはどちらかといえば下位グループかもしれない。大人しそうな男子生徒といることが多いけれど、彼も一人でいることを苦にしないタイプみたいに思える。よく、休み時間の喧騒の中、分厚い本を読み耽ったりしている。そういうところで茨本さんと馬が合うのかな。



 その朝も二人は一緒に教室に入ってきた。また茨本さんが一方的に喋り、虎枝くんは聞き役みたい。加川くんが拗ねたようにそっぽを向いた。


「それで思うんだけど、SとかMっていうのは痛みを介して快楽を享受するんじゃなくて、絶対的な主従関係性を築くことこそが目的なんじゃないかな、って。虎枝はどう思う?」

「えっと、それをなんで僕に聞くのかな。しかもそれ、朝に相応しい話題ではないと思うんだけど」

「だっていっぱい本読んでるじゃん。詳しいかと思って」

「そういうのは僕の守備範囲じゃないかな…」

「ふうん。じゃあさ、究極の愛ってカニバリズムに行き着くと思わない?」

「カニッ…お、思いませんがっ」

「だってさぁ、この前のウサギの話にも通じるじゃない?」

「そ…そういう思想は危険だと、僕は思うな」


 虎枝くん、また耳を真っ赤にしてあたふたして。カニなんとかってのはわからないけど、なんかやばい話題なんだろうな。気の毒に……と思いつつ、はたから見ているぶんには面白い。



「えー、なにぃ? カーニバルがなんだって?」


 ちょっかい出してきたのは、さっきのヤンチャ系男子……たしか、池内くん。彼も懲りないな。


「なぁキヨカぁ。クリスマスイブ、ダブルデートしない? 廣田たちとさ」

「やだ。無理。イブはバイトだし、そのあとオールでライブだから」

「えー、やっぱキヨカってライブとか行くんだ。俺も…」

「あ、先生きたよ。前田くん、椅子温めておきました。どうぞ」


 不屈のヤンチャ系池内の誘いをバッサリ斬り捨て、虎枝くんの前の席の前田くんにいつも通り椅子を譲って、茨本さんは自分の席へと戻る。と、声をかけてきたのは斜め前の席の麻本さん(成績優秀)。クラス最大派閥のリーダー的存在。


「キヨカ、うちらもイブにクリパやるから誘おうと思ってたんだけど」

「あー、ごめん。バイトもライブもホントなの。もうチケット買っちゃってるし」

「そっかぁ。加川たちも来るし、みんなで遊びたかったんだけどなぁ」

「ありがと、麻本あさぽん。ごめんよー」


 あたしは知っている。最大派閥の一員である稲生さんが、加川くんのことを好きなのだ。

 茨本さんを誘ったあさぽんも、それを知っている。けど、茨本さん本人に真意を聞いたりはせず、今のところ中立を保っている。

 そして茨本さんも全てをわかっている。加川くんが自分に思いを寄せていることにも気づいていて、知らないふりを決め込んでいるのだ。


 ああ、なんて微妙な人間関係。ヒリヒリするような視線が教室内で飛び交う。

 けれど、当の茨本さんは全く意に介していないし、虎枝くんも入り組んだ視線の網からちょっとズレたところで縮こまってる。

 

 青春じゃない? これって、絵に描いたような青春劇場ラブコメ・ショウじゃない?



 ⚝ ⚝ ⚝



 当時のあたしは、心の中でこう呟いたものだ。


 ─── パパ、ママ。これがあるべき高一のクリスマスシーズンです。


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