第20話 魂の祈り

結論から言って勝負には負けてしまったが。

鈴はやる気とか何かを得た様だった。

その姿を見ながら俺は苦笑しながら遅めの昼飯を取ってから。


そのまま大宮と弟と別れて帰宅する帰り道。

鈴と鈴香が話している中。

俺は環と話していた。


「今日は楽しかったね。お兄」


「そうだな.....まあ楽しかった。だけど負けてしまったのは悔しいけどな」


「.....うん。まあでもお相手は強豪校だったからね」


「そうだけどな。.....でも鈴は本当に落ち込んでいたから」


「そうだね.....」


すると、でも!、と明るい声が聞こえた。

そして俺を抱きしめてくる鈴。

俺は!と思いながら鈴に、オイオイ!、と慌てる。

そんな鈴は問題ない様な感じで俺に、有難うね。今日は応援に来てくれて、と精一杯の笑顔を見せてくる。


「.....まあお前の事だから。応援に行くのは当たり前の事だろ」


「.....そう行ってくれるのが嬉しいよ」


「そうだね。お姉ちゃん」


そして帰宅していると鈴が、じゃあ今度デートしてね、と言いながら、こっちだから、と指差す。

俺はその言葉に、ああ。じゃあな、と手を振った。

鈴香が、じゃあまた。先輩、と振り返す。

そのまま2人は去って行った。


「.....クヨクヨしてないね」


「そうだな。.....それだけでも多少は良かったと思う」


「.....あれでショックを受けたりしていたらちょっと私も凹んだかも」


「まあ.....そうだな。でも鈴だから大丈夫だとは思うけど」


そんな会話をしながら帰る。

すると、お兄は色々な事を経験して変わったよね、と言ってくる。

何が変わったんだ、と聞いてみると。

お兄も凹んでいたけど.....特に明るくなったね、と笑みを浮かべる。

ああ.....それか。


「色々あったけどクヨクヨしてられないって思ってな。.....高橋の件もそうだけど負けてられないって思ったんだ」


「それで明るくいこうって感じになったの?」


「そうだな。春香には.....まあ色々あったけど感謝だ」


「.....そっか」


そして俺達は家に帰る。

それからそのままリビングに入ると。

今日は多分きっかけにもなったよ、と環が言ってくる。

何だきっかけって、と聞くと。

環は、お兄の秘めたその思いの考えが変わるきっかけだよ、と言葉を発した。


「.....積み重ねが大切だよ」


「.....春香の事か」


「そうだね。.....それもあるけど.....周りの事もね」


「.....」


俺は顎に手を添える。

そして考える。

そうだな.....まあ確かに考えるきっかけにはなったかもな。

春香の事もそうだが高橋の考えるきっかけだ。

大宮との出会いが.....思いが変わるきっかけになった。


「じゃあ私洗濯する」


「.....ああ。.....じゃあ俺は片付けをするよ」


「うん。でも疲れてない?大丈夫?」


「.....いや。バリバリ動きたい気分だ」


「そっか。じゃあ宜しく」


そして互いに協力し合ってから。

俺達は片付け、洗濯などをしてから夕食の準備に取り掛かる。

正直先はまだ何も見えないが。


今は.....手探りだが。

でも何か掴むきっかけになれば、と思う。

今のこの経験が、だ。


大切な思いだ。

まるでダイヤモンドが炭素から生成される様な。

輝く思いだ。



鈴と鈴香があの日。

俺に姉妹が死んだ様な顔をしていたのが衝撃だった。

10年前のあの日。

親父も大人達も混乱していたあの日。

だから俺は.....強くあらねば、と思ったのだ。


「.....母さん。.....今日は鈴の試合を見に行きました」


目の前の遺影を見る。

そして俺は手を合わせる。

仏壇に、だ。

正直俺も泣きたい気分だ。

母さんが死んでいた.....あの日。


でも俺はそれ以上に何か.....泣いてはいけない気がしたから。

俺は絶対に泣かないと決めた。

そして2人を精一杯に支えたのだ。

だからこそ今がある。


「.....鈴と鈴香から告白もされたけど。.....正直答える気にはならない。.....母さんが死んでいるからもあるけど」


線香を立てながら俺は香りを嗅ぎつつ。

そのまま手を合わせたまま祈りを込める。

どうか成仏していて下さい。

そして安らかに、と思う。


「お兄」


「.....どうした。環」


「此処に居たんだね」


「そうだな。.....祈りを込めていた」


「.....うん」


ねえお兄。

10年前のあの日はあった方が良かったと思う?

と聞いてくる環。


俺は?を浮かべてそのまま環を見る。

環は同じ様に座布団に座り。

手を合わせる。

それは禁断の質問ではないだろうか。

環にとっては.....だが。


「お母さんと引き換えって言ったらダメだけど。.....私は.....様々な経験が出来たと思う。.....だからあの日はあって正解だったんだって思う。勿論こんな事を言ったらダメって分かるけど.....ゴメン。説明しようがないや」


「.....分かる。つまりお前が言いたいのは.....あの日が無かったら俺達は鈴とスズカに出会わなかったから.....って事が言いたいんだろ」


「そう。.....勿論お母さんが亡くなって悲しいけど.....でもそれと引き換えにかけがえのないものをお母さんは遺したよね」


「.....そうだな。.....高橋は許せんけどな」


「それは確かにね。.....アイツがしっかりしていたらこんな事にならなかった」


「正直次に会う機会があったら殴る」


殴っちゃダメだよお兄。

と苦笑いで俺を見てくる環。

分かってる。


でも殴りたい気分だ。

全てを凌駕してでもアイツだけはこの世で一番許せない。

町長としてやるべき事から逃げた。


「.....どうなるんだろうね。この先」


「.....分からんな」


「.....あ。そうだ。お兄。この場所に来たのは聞きたかったからだよ」


「.....あ?何を聞きたいんだ?」


「鈴と鈴香さんの事は好きになったの?」


「それは.....まあ無いな。まだ。精一杯応えたい気はするけど」


正直.....まだ答える気も。

応える気も起きない。

だけどいつかは.....この問題が解決したら。


こたえ、を出すつもりだ。

だからそれまでは.....、と思いながら俺は母さんを見た。

母さん。安らかに、と思いながら。

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