第2話:着いてから赴任地変更って、そんなのアリ?
20xx年の7月、俺はアフリカのA国へ飛び立った。
両親は心配していたけど
「貯まったお金で親孝行してね」
と言っていたので、心配もさほどではないんだろう。
アフリカ渡航で嫌になったのは、フライト時間の長さだ。すぐ着くのが最大のメリットのはずの飛行機移動が、24時間以上もかかる。これがアフリカ渡航なんだな。
おまけに乗り換えが2回も。香港と南アフリカで乗り換えて、ようやくA国の首都へ到着した。これだけで一仕事に値する気がする。
初めてのアフリカは……怖かった。とにかく怖い。
なにが怖いかって、アジア人が少数で大多数がアフリカ人ってとこ。日本で外国人を見たときの反応を、ここでは「される側」になってるんだぜ。周りと違うことが一目でバレる環境は、なかなか強烈なカルチャーショックを与えてくれる。
それでも最初の1ヵ月は、首都に滞在して集団行動していたからまだ良かった。俺たちより先に来た先輩たちも10人ぐらいいて、現地の情報を色々くれたしね。
首都では、現地の人の家にホームステイしたり、語学学校に通ったりして過ごした。現地の英語は少しなまりがあったけど、何を言っているかは大体理解できた。基本はノリの良さで生きていけば大丈夫そうかな?と思えたのは首都での生活があったからだと思う。
「ミノル、思ったよりアフリカって住みやすくね?これだったら俺、何年でも住めるんだけど」
一緒に派遣されたダイゴさんは、A国をだいぶ気にいったようだ。いつの間にか現地の日本人コミュニティに溶け込み、夜な夜なディスコやらカジノやら遊んでいるらしい。……ホームステイ中は夜間外出禁止のはずなんだけど。
でもたしかに、首都は思った以上に都会だ。道路もしっかりアスファルトで舗装されてるし、大型ショッピングセンターもそこら中にある。
想像していたアフリカの姿は、首都にはなかった。あとで分かったことだが、俺らが普段TVやネット記事で目にするアフリカは、アフリカの田舎の姿だった。日本に届くアフリカの情報は偏っていて、真実を100%表すものではない。
(そこら中に動物がいると思ってたけど、全然いないんだな)
勝手に期待して勝手に失望してしまった。でもここは首都。実際の活動する場所は地方だと聞いている。
「早く活動場所に行って、ジャングルの王者ターちゃんみたいな生活送りたいです!」
と、派遣プログラムを主催している団体のスタッフに熱く語る俺。派遣元の団体は結構規模が大きく、世界中に支部を置いている。A国にも駐在日本人が5人いて、国際協力関連のプロジェクトを複数実施していた。
「ミノルさん、ちょっとお話が」
首都滞在期間も終わりに近づいたある日、派遣団体から呼び出しを受けた。事務所に行ってみると、スタッフの伊藤さん(30代女性)が応じてくれた。
「来週には活動場所での生活がスタートするわね。心の準備はできてる?」
「もちろんですよ!ジャングルの王者になるために、日々の筋トレは欠かしてませんよ!」
「へ?あぁ……そうなんだ。まぁいいや。ところで、今日呼び出したのは伝えたいことがあったからなの。実は、ミノルさんの活動場所を変更することが決定しました」
「よっしゃー!って、え?ついノリで喜んじゃいましたけど、どういうことですか?」
「もともと活動する場所だった職業訓練校が、経営難で来年度から閉鎖が決まったみたいなの。さすがに閉鎖が決まってる場所には派遣させられないから、ミノルさんには別の場所に行ってもらいます」
……学校って、そんなに急に閉鎖するものなんだな。伊藤さんが真剣に話してるから、冗談ではなさそうだし。
「わかりました!それで、おれ……いや僕はどこに派遣されるんでしょうか?」
「同じ地域にある職員養成校よ。ミノルさんにはそこで英語の先生として活動してもらいます」
「ほえ!?職業訓練校ではパソコン指導するっていう仕事内容でしたよね?全然違うじゃないですか!」
柄にもなく声を荒げてしまったのには理由がある。職業訓練校でパソコン指導に就くことを知ったのは、日本でだった。大したIT知識も技術もない俺は、少しでも現地の役に立ちたい!という気持ちから、高額出費もいとわずに通信講座やセミナーを時間の許す限り受講してきた。24回分割払いで、スペックの高いMacのパソコンも購入してA国にやってきたというのに……。
だが、そんな俺の想いや態度は一切伊藤さんには伝わらず、淡々とした口調で会話は続いた。
「ミノルさん、ここはアフリカのA国よ。日本の常識はここでは非常識だと思ったほうがいいわ。どうしてもパソコンを指導したいなら、職員養成校で自主的に生徒へ教えること。これで問題解決ね」
もっと食い下がろうと考えたが、伊藤さんと他のプログラム参加者の面談が控えている様子だったので、部屋を後にした。
突然の赴任先変更は、思った以上に自分へ衝撃を与えた。一緒にA国へやってきた美子さんから
「聞いたよミノル君、赴任先が変わるんだってね。新卒ルーキーにはツラい環境変化かもね〜ご愁傷さま」
と嫌味を言われたが、怒りも悲しみも湧いてこず、言葉が身体を通過した感覚だけ軽く感じた。
その日の夜は日本人グループで外食する予定だったけど、体調不良を理由にドタキャン。結論の出ない思考がぐるぐる頭の中を動いている。好きなミュージシャンの曲をエンドレスでリピートしても、気分は一向に晴れやしない。
22時過ぎだったと思う。ダイゴさんからLINEが来てた。送られてきたのは何かのURLで、メッセージはない。
「なんだこれ?」
無視したい気持ちが強く湧いてきたが、どっちでもいいならクリックしてもいいか、と思いURLをクリックしてみた。
出てきたのは漫画アプリの画面。スラムダンクの○話が表示されている。
「これって……」
寝っ転がっていた身体を勢いよく起こし、気がつけばダイゴさんに電話していた。
「ダイゴさん!」
「……お〜ミノルか。いや〜今日もしこたま飲んだわ〜。隣に座ってた現地人グループと盛り上がって、日本対A国の飲みワールドカップ開催してさ〜、最後まで飲み続けたのは美子ちゃんだったわw」
「へ〜そうなんですか……ってそんな話じゃなくて、さっきのLINE、なんですかあれ!」
「おぉ、あれか。いやぁ〜美子ちゃんからミノルが落ち込んでたって聞いたから、励まそうと思ってさ」
「スラムダンクの○話……あれ、課金しないと読めないとこじゃないですか!課金して読んでみたら、安西先生の名ゼリフが出てくる前の話で、もう1回課金して次の話読むことになったじゃないですか!」
「……しまった!実際のコミックの何話と漫画アプリの何話にはズレがあるんだった!すっかり忘れてたぜ」
「もう……励ますつもりなら、そこは課金して確認しといてくださいよ」
「すまない。でも、課金しないで漫画アプリを使い倒すのが俺のポリシーだから。そこは譲れない」
いや譲れよ!と思ったが、ダイゴさんっぽい励まし方に気が抜けて、張り詰めてた気持ちが一気に緩んだ感じがした。
うん、新しい場所でも俺が楽しい状態でいれば、きっと大丈夫だ。日本で勉強してきたIT知識だって、いつか役立つ日も来るさ。
「ダイゴさん、俺やってやりますよ!新しい場所でもノリと若さで活躍してみせますよ!」
「ミノルなら大丈夫!大丈夫じゃないのは俺。酔いで頭が回らないからもう寝るわ〜、バーイ」
こうして電話が切れた。眠れないと思ってたけど、今日はぐっすり眠れそうだな。
ベッドに入る直前に美子さんからLINEが来てたけど、どうせ嫌味だろうと思って未読スルーしておいた。
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