年の瀬は映画日和

 正直なところをいうと、「すずめの戸締まり」を観に行くのはとても躊躇われた。あんまりにも「君の名は。」がノットフォアミー、を通り越して監督を呪うまでに当時の自分を傷つけたものだから、怖かったのだ。傷つくのが。

 だが、魔女の一言でわたしの頑なな毛嫌いは吹っ飛ばされてしまう。なぜなら彼女はわたしの魔女だからだ。



「すずめの戸締まりを観に行きたいんだけど」

「えー。そんならワンピースのFILM REDが観たい」

 S氏(前話参照)に姉妹か友人かと間違われたとき、わたしと魔女は映画の相談をしていた。ワンピースは終映間際で1日に一回しか上映しないが、戸締まりはまだ何回かに分けて上映をしていた。

「えー、ワンピースぅ?」

 と言いつつ、平時は“ウタ”の「新時代」を聞く魔女である。

 酒場から魔女の家に帰宅したわたしは、魔女に予言した。

「貴女は絶対に『私は最強』が好きになる」

 魔女は律儀に「私は最強」を聞いてみて「いやー、乗らないね」「なんか違うね」と言った。だがわたしは確信していた。絶対これは好きだと。


 そうして我々のスケジュールは決まった。

30日、すずめの戸締まり。

31日、ワンピースFILM RED。


 贅沢な年の瀬である。とくに私にとって映画館で見る映画は贅沢極まりなかった。我が家の最寄り映画館は車で1時間かかる上に、冬になれば過酷な雪道と化す。おまけにかの有名なインド映画「バーフバリ」を上映しなかったという悪辣あくらつ極まりないところだ。……要するに僻地へきち過ぎて配給がこないのである。

 その点仙台近郊はよい。雪もない。平坦な道を、30分も車に乗れば映画館。聞こえし大抵の映画は上映されている。

 魔女の好みの歌を聞きながら車に揺られ揺られて、モールへの二人旅。

 不思議な気持ちだった。いつもわたしと魔女の他には必ず誰かがいたから。弟、妹、あるいは──。

 とそんなことを考えている間に映画館に着いてしまう。映画時間を待ちながらアンテナショップを冷やかすが、わたしはあんまり気乗りしなかった。人の多さにやられてしまったのかもしれなかったし、そもそも気乗りしない映画を待つ時間も気乗りしなかったのかもしれない。魔女はそんなわたしなどお見通しで、ズイズイ先をいって、あれはどうかこれはどうかと気を遣った。申し訳なかったと思う。

 しかし、「すずめの戸締まり」は見積もった以上に良かった。「君の名は。」の悪いイメージを払拭してあまりあるほど良かった。よかったので、途中から存在すら忘れたポップコーンが大量に残ってしまった。魔女はそれを家に持ち帰ると言って、駐車場に一旦引き返した。

 一方わたしはその間に無言でパンフレットを買い、やっぱり無言のまま本屋で原作小説を買った。映画のストーリーそのものが頭の中でクルクル回っている間に、「そいつ」を捕まえて紙に魚拓をのこす必要があった。必要だと思ったのだ。

 家に帰ってポップコーンをつまみ、原作小説とパンフレットとノートを突き合わせてゴリゴリと図を書き起こすわたしを眺めながら、魔女もポップコーンを食べていた。

「本まで買ってたの」

「うん」

 いつものことなので魔女はそれ以上何も言わない。ただ、魚拓をつくっていくわたしをじっと見ている。そして呟く。


「薬酒飲みたいけど、【マミー】がね」

 ここではマミーとしておくが、わたしの妹であり、魔女の次女のことである。マミーはこのとき臨月の妊婦で、いつ産まれてもおかしくない状態だったのだ。

「いつ呼ばれてもいいようにしておかないと」

「マミーのことだから何かあっても何も言わないんじゃないの」

「そうかもしれないけどさぁ、心配なんだって」

 マミーは末っ子らしく奔放である。魔女の心配性もわかるが、マミーの性格もわかる。

「たよりがないのは元気の証拠」

「とは言ってもねー。【バニー】のこともあるし」

 ここではバニーと呼ぶが以下略魔女の長男のことである。東京に住んでおり、滅多に帰ってこない。珍しく正月休みを取ったらしいが、ウッカリ風邪を引いたらしい。というわけで帰ってこれなかった。

「バニーは風邪引いたんでしょ」

「なにやってんだか」

 ゆえあって、わたし一人。魔女一人。

 魔女は昔から、口癖のように、「三人三様」と言ったけど、ここまでバラバラなことも滅多にない気がする。


 そんな翌日。例によって映画待ちの時間、ハワイアン小物店や「チャイハネ」を冷やかした後に入った和風小物店で、魔女はわたしに髪飾りを買った。和柄のバレッタをひとつ。

 なぜと尋ねれば「凛に何か買ったことってあんまりなかったような気がして」「マミー次女には一杯こういうのを買ったんだけどねぇ」とのこと。

 魔女が会計をするところでちょうど、タイムラインに「偽教授神饌杯」の結果が上がった。結果にギョアーと悲鳴をあげている間に、魔女はバレッタの他に和柄のヘアゴムを3本こっそり包んでいた。あとで気づいた。


 その日見に行ったワンピースFILM REDは、私たち母子の涙腺を破壊せしめた。美しく流れるエンディングに涙腺をボコボコ殴られてアイシャドウが溶けて無くなった。ちなみに、先日のように魚拓を残す余裕はまったくなかった。構成を読み解くだけの力がなかったといえばそうだし、没入し切ってしまって俯瞰できなかったというのもある。だってウタが………。


 わたしの読み通り魔女は「私は最強」を気に入ったし、(やっぱりな!!)「ワンピース見て良かったでしょ?」と尋ねれば頷いた。

「見たら納得した。こういう場面で流れるんだって。あと大音量で聞くといいな」

 魔女はこの2日ですっかり映画鑑賞にハマってしまったようだ。


 カラオケでは「私は最強」を熱唱する魔女を見れたし、年明けには、テレビに入った「ハウルの動く城」に見入る魔女がいた。楽しみが増えるのはいいことだ。

 楽しみが増えるのは、いいことだ。

 


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