第4話 失恋は直ぐに

お泊り会から数ヶ月、寒さも和らぎ、私たちは新学年を迎えた。

昇降口にクラス替えの紙が張り出されているのを見に行くと、2年生も1組だった。

そして、クラス表の名前を見ていくと、その中にあの子の名前があった。

私は、嬉しい反面、不安な気持ちもあった。

近くにいればいるほど、もっと好きになって、自分の気持ちを打ち明けたくなるのではないかと思ったからだ。

そんな私の気持ちにも気づかず、あの子は同じクラスになったことを喜んでいる。

他の2人とは、クラスが離れてしまい、なんとなく複雑な気持ちになった。

あの子と同じクラスになったことで、もっと近い関係になってしまう。

これから1年間、私の感情はどう変わっていくのだろう。

この子のことが大好きで、そばにいたいと思う気持ちと、一緒にいることで自分の気持ちを隠してることの辛さ、その狭間で私はいつも揺れ動いている。

そして、この気持ちを断ち切らなければいけない時が、2年生になって直ぐにやってきた。

ジメジメとした梅雨の時期、変わらず私たちは一緒に登校している。

傘をさして、他愛もない会話をしている。

すると、自分の傘を畳んで私の傘に入ってきたのだ。

私はびっくりして、「どうしたの?」と聞くと、恥ずかしそうに私の腕を組んできた。

そして、「あなたにだけ言うね。私、好きな人できた。」

一瞬、降り続く雨が止まったように、私の時間は止まった。

この子が何を私に話してきたのか、私はちゃんと相槌は打てていたのか、この子の目を見ることができたのか、その後のことは覚えていない。

学校に着いた途端、私の時間が流れ始めた。

「ごめん。トイレ行ってくるから先に行ってて。」

私は急いでトイレに駆け込んだ。

あの子の「好きな人できた。」という言葉が、頭の中でぐるぐると回っている。

状況を理解するのにさほど時間はかからなかった。

ああ、私は失恋したんだ。

入学式のあの日、初めてあの子に一目惚れしてから1年以上経って、自分の気持ちも言えないまま、この恋は終わっていくんだ。

恋愛には発展しないと思っていた恋、友達という形であの子の隣りにいた。

見たこともないあの子の好きな人に、嫉妬という感情がこみ上げてくる。

もし、私が気持ちを打ち明けていたら、両思いになれただろうか。

いや、それはあり得ない。

友達以外のなにものでもない。

そう、だから友達としてあの子のことを応援してあげなくてはいけない。

そう、応援してうまくいったら祝福しなくてはいけない。

ああ、辛いな。

トイレから出れずにいると、「大丈夫?」と、あの子が呼びに来た。

私は、深呼吸をしてから精一杯の声で「大丈夫!」と答えた。

もう一呼吸してから扉を開けると、心配そうに私を見ている。

「お腹痛い?保健室行く?」と私の顔を覗き込んでくる。

私は思わず、「大丈夫だから!」と強く言ってしまった。

しまった!と思い、作った笑顔で顔をあげる。

それでも心配そうに私を見る目は、私の心をかき乱す。

「やっぱり保健室行ってくる。」

私は、1人ぽつんと取り残されたあの子を、一度も振り返らずにその場から去った。

保健室に着いてから、保健の先生に「ちょっと具合悪いです。」と言ってベッドに寝かせてもらった。

先生が「お熱計るね。お腹痛いとか気持ち悪いとかない?」と聞いてくる。

私は、「はい。」と小さな声で答えた。

体温計が鳴って見ても、当たり前だが平熱だ。

先生は、そんな私を見て、「何か嫌なことでもあった?先生でよかったら話聞くよ。」と言ってくれた。

そんな先生の優しい言葉に、私は子どものように泣き出した。

なだめるように私の背中をさすってくれる先生、今まで溜まっていたものを吐き出すかのように嗚咽へと変わる私。

先生は「高校生っていろんな悩みあるよね。勉強もそうだけど友達関係とか、恋愛とか。」

私は、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、先生のことを見た。

先生は、「すごい顔。笑」と、ティッシュを渡してくれた。

涙を拭き、鼻をかみ、「失恋しちゃった。」と先生に話した。

先生は、「いつでも保健室に来ていいから。辛いなと思ったら、話しに来ていいよ。」と、私を慰めてくれた。

女の子が好きだと、初めて打ち明けてもいいのだろうか。

先生は、私を偏見の目で見るだろうか。

私が高校生の頃は、LGBTQなどという言葉は知られていなかった。

同性愛に対しての認知度も低く、変態扱いされるのがオチだった。

それに、そんな世の中に飛び込む勇気が、私にはないと思っていた。

周りに同性を好きになったことをバレたくなかったし、そのことで馬鹿にされるんじゃないかという怖さもあったからだ。

こんな生きにくい世界は崩れてしまえとさえ思った。

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