第19話

「ショーコ、ヒカル、出てきていいよ 」


 エミリアの声に、二人は幌をめくって顔を覗かせる。 そこには頭の上に髪をお団子にしてまとめあげた、目鼻がハッキリした顔立ちの中年の女性が腰に手を当てて立っていた。


「こりゃまた美人な光の民だねぇ。 あらま、そっちのボーイは私好み 」


 光はブルブルっと体を震わせる。 言葉は理解できていないが、身の危険を感じ取ったようだ。


「代表のミシェルだよ。 とても理解のある人だから安心して 」


「あの…… 藤井翔…… 」


「話は後だよ。 さあ入って入って! 」


 ミシェルは荷台から降りてきた翔子と光の手を取って、店の中に招き入れる。


「私達もこれ・・納めたらすぐ戻ってくるから! 」


「あいよ。 キール卿に『今後ともごひいきに』って伝えておくれ 」


 『はーい』とアリアは返事をして、エミリアとアリアは馬車を発車させた。 


「まずは…… と 」


 ミシェルは奥の部屋から着替えの服を両手に抱えて戻ってくる。


「とりあえずこれに着替えておくれ。 その格好は目立ち過ぎるからね 」


 ミシェルが持ってきたのは、自分が着ている物と同じあずき色の作務衣だった。 二人の前に作務衣を広げてサイズを見る。 


「ちょっと大きいけど大丈夫でしょ。 ほら、着替えた着替えた! 」


 ミシェルは作務衣を強引に二人に手渡して奥の部屋に消えていく。 呆気に取られる翔子と光は、手渡された作務衣とお互いの顔を何回も見合わせていた。


「おや、 着方が分からないのかい? 」


 呆然と立ち尽くす二人を気にして、ミシェルは再び二人の前に戻ってくる。


「いえ…… その…… 服汚しちゃう…… 」


「あぁ、気付かなくてごめんよ。 ちょいとローラン! 湯浴みの準備をしてくれないかい? 」


 続き部屋になっている倉庫の方から、『あいよー!』と威勢のいい声が響く。 


「え…… あの…… 」


「ん? 何を遠慮してるんだい? 湯浴みをしてキレイになれば問題ないだろ? 」


「そうですけど…… 」


「ほら、行った行った! そうだ、ワタシが背中を流してあげようかねぇ 」


 満面の笑みでミシェルは翔子を抱き上げる。 恰幅のいい体は見た目だけではなく力も強い。


「うわわっ! ミシェルさん! 」


 目を光らせてフフフと不気味に笑うミシェルに、翔子はガッチリとお姫様抱っこされて倉庫の奥に連れていかれた。 光は目を丸くして、連れ去られる翔子をただ呆然と見送るしかない。


「君もこっちおいで 」


 倉庫の出入口から顔を出したローランが光を手招きして呼ぶ。


「え? 」


 言葉が通じない光はどういう状況なのか分からず身構える。


「おっと…… 君はこっちの言葉の方が通じそうだね 」


「っ!? 日本語! 」


 ローランが口にしたのはハッキリとした日本語だった。


「日本語を喋るのは何年ぶりだろうな…… おかしくないかい? 」


「…… ちゃんと日本語してます。 なんで…… 」


「良かった。 安心してくれ、僕も君と同じ光の民だから 」


「日本人なんですか!? 」


「いや、日系の中国民だよ。 とりあえずこっちにおいで。 そこは客も来るし、見られると厄介だから 」


「あ、はい! 」


 光は慌てて倉庫の奥に避難する。 倉庫は薄暗く、所狭しと並べられた木箱にはラベルが張られていて配達を待っている商品達だ。 更に奥は馬屋になっており、木の柵で囲われたスペースには干し草が山のように積み上げられていた。


「とにかく着替えた方がいい。 この世界の民は、まずその服装で光の民かどうかを判断する 」


 慌ててワイシャツのボタンを外す光を見てローランは笑い、『慌てなくていいよ』と付け加えた。 店が面している通りには通行人が行き交っているが、積み上げらた木箱が通りからの視線を遮ってくれていた。


「君も彼女の湯浴みが終わったら汗を流すといい。 道中大変だったろう? 」


 ボロボロになったワイシャツとスラックスを見て、ローランは顔を歪める。


「そうですね…… いきなりこの世界に飛ばされてどうなるかと思ったんですけど、俺一人じゃないですから 」


「ハハハ…… 愛する人を守るのが男の務め、だよね 」


「愛する…… とはちょっと違いますけどね、なんか放っておけない奴です 」


 着替えを終えた光が手頃な木箱に座ろうとした時だった。


「きゃー…… 」


 馬屋の向こうから翔子の情けない悲鳴が聞こえた。 ローランは腰に手を当てて大笑いする。


「きっとミシェルにワシャワシャ洗われてるんだよ。 世話好きだからね、あの人 」


「…… 匿ってもらえるのは嬉しいんですけど、大丈夫なんですか? 」


「絶対大丈夫、とは言えないよね。 君らを匿った事実が国王やキール卿の耳に入れば、僕らはギルドに殺されるだろう 」


「マジですか!? ヤバいじゃないですか! 」


「そうだねぇ…… それでもミシェルやエミリアは君達を見捨てたりはしない。 僕自身もミシェルに助けられて、今日までここで暮らしていられる 」


「…… 凄い人なんですね、ミシェルさん 」


「そうだね、命の恩人…… 僕だけじゃない。 エミリアもアリアも、今配送に出ているクラッセやバートンだって、みんなミシェルに救われた者達だ。 家族同然なんだよ 」


 光を見据えるローランの目付きが鋭くなった。


「決して不用意な事はしないで欲しい。 万が一君達が光の民だとバレた時には、僕は家族を守る為に君達を裏切るよ。 覚えておいて欲しい 」


 真っ直ぐ光を見据えるローランは、家族を必死に守ろうとする父親のような目をしていた。 誰しも大事なものを守ろうとすれば、何かを犠牲にしてでも守りたいもの。 光はローランの真剣な眼差しにゆっくりと深く頷いた。


「いやー! そんなとこやめてー! 」


 馬屋の奥からまた翔子の叫び声が聞こえてくる。 光とローランは顔を見合わせて目をパチパチ。


「どこまで洗われてるんだ? 」


 二人は似たような想像をして、顔を赤らめて苦笑いしていた。



 

 辺りもすっかり暗くなり、馬屋の奥にあるミシェル達の家にも明かりが灯る。 キール卿の屋敷に納品に行っていたエミリアとアリアも戻り、翔子と光も交えてミシェルの手料理を囲んでいた。


「お前、随分と叫んでたけど何があったんだ? 」


「…… 恥ずかしくて言えない 」


 泥だらけだった翔子の顔も元の白い肌に戻り、髪もキレイにポニーテールにまとめてアリアから借りたリボンを結ぶ。 ローランは箸を咥えたままじっと翔子を見つめていた。


「見違えたよショーコ、リボンがよく似合ってる 」


「ショーコは元々可愛いんだもん、どんな格好しても可愛いよ。 あげないよ? 」


 アリアは翔子の隣の席に座り、翔子の腕に抱き付いてローランに舌を見せる。


「そうそう、ショーコは可愛い声出すんだよ。 もう可愛くて可愛くて…… 」


「ミシェルさん! 」


 うぷぷっとだらしなく笑うミシェルに、翔子は困った顔でストップをかける。


「アリアもなついてるし、二人ともしばらくここで働いてみたら? 」


 エミリアがスペアリブにかじりつきながら翔子と光の顔を交互に見た。 驚いてエミリアを見たまま固まる翔子に、光は不思議そうに首を傾げる。


「ちょっと真面目な話をしようかね、ショーコ 」


 葡萄酒の入っていた木製のジョッキを空にしたミシェルは、翔子と光に優しく微笑むのだった。

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