第18話

「そっか、ミナミはショーコの国の出身だったんだね 」


 アリアが2頭の馬を馬車から切り離して休憩させている間、エミリアは幌に上半身を突っ込んで翔子の話に付き合っていた。


「そんなことになってるなんて知りませんでした。 国民が私達を恨むのも分かる気がします…… 」


「光奴の全てが悪いんじゃないのよ? 私の同業者にも光奴はいたし、片言だったけどこの世界で生きようと頑張っていたわ 」


「その人は? 」


「北のムーンベルの街に行ったっきり帰ってこなかった。 今頃は多分…… ね 」


 エミリアはその先の言葉を濁す。 翔子を気遣ってその同業者は殺されたと言わなかったが、翔子にはそれが余計に辛かった。


「でもミナミが自伝を書いていたなんて驚きね。 私も読んでみたいわ 」


「面白いですよ。 設定もしっかりしてるし、情景もこのまま。 まぁ実際に見てきたことを書いてるのだから、当たり前と言えばそうなんですけど 」


「あなたがこの世界に妙に詳しいから不思議だったの。 じゃあこの国の情勢なんかもある程度把握しているのね? 」


「ある程度ですけど…… 」


「エミリア、ちょっといい? 」


 アリアが横から顔を出す。 『どうしたの?』とエミリアが聞くと、アリアは翔子をチラッと見て苦笑いした。


「なんか2頭ともおねーちゃんを気にしてるみたいなんだけど、大丈夫かなぁ? 」


「私? 」


 翔子は幌から顔を出してアルトとアヴィを見る。


「…… お話したいのかな 」


 翔子は通行人がいないことを確認して荷台から降り、アルトとアヴィの側にゆっくりと近寄る。 2頭とじっと目を合わせて、翔子はフフっと微笑んだ。 エミリアとアリアは何事かと顔を見合わせる。


「この子達、私を同類と思ってるみたい 」


「ショーコ、あなた馬と会話出来るの? 」


「いや、会話って程じゃないけど…… 向こうの世界で馬には乗ってたんですよ 」


 翔子はアルトの首をポンポンと優しく叩いて手綱を手に取る。


「おねーちゃん危ないよ! アルトはボクとエミリアにしか…… 」


 アリアが止めるより速く、翔子は鞍に足をかけてアルトにスッと跨がった。


「いい子だね。 一緒に走りたいけど、私目立っちゃうから今はダメなんだー 」


 クルクルとその場を回るアルトは少し寂しげな表情だ。 アヴィもまた、翔子に顔を寄せてしきりに首を振っていた。


「…… 驚いた。 この子らは私達の言うことしか聞かないのに 」


 エミリアとアリアは目を丸くして固まっている。


「2頭とも出発したいみたいです。 退屈だって言ってます 」 


 2頭は自ら馬車の前に並び、ブルルっと鼻を鳴らして大人しくしている。


「自分達の仕事が分かってるのね、偉いなぁ 」


 翔子はアルトの首を撫でて鞍から降りる。 アリアが2頭を馬車に繋いでいる間、翔子は2頭と笑いながら戯れていた。


「ホント、不思議な子…… 」


 翔子を見るエミリアは、一つため息をついて優しく見守っていた。





 翔子と光を乗せたエミリアとアリアの馬車は、その後休憩を取らずにエルンストを目指した。 いつもよりもハイペースな2頭にエミリアは戸惑いながらも、エルンストの手前の村ハイドンを素通りし、日が暮れる前にエルンスト目前まで辿り着いていた。


「ヒカルも落ち着いたかな? 」


 ずっと眠り続けていた光は先程やっと目を覚まし、翔子が取り分けていたパンと干し肉を食べたばかりだった。


「『お腹いっぱいになった?』ってエミリアさんが聞いてるよ 」


「旨かった! ありがとうございます 」


 エミリアに向かって光は笑顔で頭を下げる。 パンパンと腹を叩く光に、アリアはクスクスと笑う。


「ショーコ、そろそろエルンストに入るよ 」


 御者台のエミリアとアリアの隙間から翔子は外を覗く。 行き交う人々の数は多く、既に周りには建物がちらほらと建っている。


「…… 私達はここで降りた方がいいんじゃないでしょうか? 」


 このまま隠れてエルンストの街に入れるのは二人にとっては好都合だ。 だが翔子は、エミリア達が自分達を匿っていることで危険な目に合わないかと心配したのだ。


「大丈夫よ。 そこで提案なんだけど…… 」


 エミリアはアリアにアルトとアヴィの手綱を任せて幌の中に潜り込んでくる。


「あなた達さえよければ、私達運び屋の拠点に身を隠したらどうかしら? 」


「…… へ? 」


 翔子のおかしな返事に光は振り返る。


「エルンストの領主のキール卿は光奴嫌いで有名よ? 街の人も風当たりが冷たいし、ここで別れても捕まってしまうのがオチだと思うの 」


「…… 嬉しいんですけど、どうしてそこまでしてくれるんですか? 」


「困ってる人を助ける。 ショーコ、あなたもそうしてくれたでしょ? 」


「エミリアさん…… 」


「一度無視して通り過ぎたのはリスクが大きいと思ったからでしょ? でもあなたは戻ってきて私達を助けてくれた。 今度は私達が助ける番! それでいいじゃない 」


 エミリアはアリアに一度拠点に行くよう伝える。


「アルトとアヴィも頑張ってくれたからね、納品の時間にも余裕があるわ。 後は拠点で話しましょ 」


 そう言ってエミリアは幌から出ていく。 


「何を話してたんだ? 」


「エミリアさんが私達を匿ってくれるって 」


「マジか! ありがたやありがたや…… 」


 光は幌の向こうのエミリアに手を合わせて拝んでいる。


「でも大丈夫かな? もし私達を匿っている事がバレたらエミリアさんやアリアちゃんは…… 」


「そうならないように気を付けようぜ。 今は頼れる人が必要だろ? 」


「…… うん 」


 二人がそんな話をしているうちに馬車は一軒の店の前に止まった。


  運び屋 フォン・ガルーダ


 エミリアとアリアが働くエルンストでも大手の運び屋だ。


「んん? 随分と早かったね 」


 店の横の倉庫から体格のいい男が顔を出す。


「ただいまローラン! 」


 アリアが御者台からその男にダイブして抱き付く。 エミリアは幌に顔を突っ込んで『ちょっと待ってて』と翔子達に言うと、馬車を降りて店の中に入っていった。


「アリア、荷台の荷物はどうしたの? まだ納めてないの? 」


「うん、これから行ってくるよ。 その前に紹介したい人がいるの! 」


「ん? 人? 」


 ローランがアリアを地面に降ろすと同時に、エミリアと恰幅のいいおばさんが店の外に出てきたのだった。

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