第17話

「おい運び屋。 この辺で光奴を見なかったか? 」


「さぁ…… 私達は見てませんけど、どこかに出たのですか? 」


 私達はエミリアさんの馬車に積まれた大きな樽の隙間に隠れて、兵士とエミリアさんの会話を聞いていた。 荷台は幌が掛かっているから、覗き込まなければ見つからないよとエミリアさんとアリアちゃんが匿ってくれたのだ。


「アルベルト卿の追撃を振り切って我が領地に逃げ込んだようだと、行商人から報告があったのだ。 この付近を彷徨いているらしいのだが…… 」


「私達もシエスタから来ましたけど、そんな話は初耳です 」


 エミリアさんは、私達の事は知らぬ存ぜぬで通してくれるようだ。


「念の為、荷台を見せてもらおう。 知らぬうちに潜り込んでいるかもしれんぞ 」


 ヤバい…… せっかくエミリアさんが隠れさせてくれたのにいきなり見つかっちゃう!


「ダメだよ! この中の樽はキール様のお屋敷に運ぶカバナの木の水! 誰にも触らせないようにって言われてるんだから! 」


 アリアちゃんナイス! っていうかこれ、あの木の樹液が入ってるんだ。


「げっ! キール様宛の荷物なのか。 でももしこの中に潜んでいたら…… 」


 兵士が荷台の幌を捲し上げて中を覗く。ヤバいヤバい! 隙間から目が合っちゃいそう……


「おい、止めておこうぜ。 カバナの水は、キール様が発泡酒を作る為にわざわざシエスタから取り寄せている物だ。 運び屋以外触らせるなというのは有名な話だぞ 」


 キール卿ナイス! 兵士は幌から手を離して覗くのを止める。


「見かけたらすぐに知らせよ。 セイフクを身に付けているらしいからすぐに分かるはずだ 」


「はい。 それでは 」


 エミリアさんがそう言うと、荷台がコトコトと揺れ始める。 しばらく荷台の揺れに身を任せていると、御者台の後ろの幌が開いて光が差し込んできた。


「もう大丈夫だよ、おねーちゃん、おにーちゃん 」


 アリアちゃんが顔を覗かせて屈託のない笑顔をくれる。


「ありがとうアリアちゃん。 エミリアさんも…… 」


 手綱を握るエミリアさんにも、樽の影から顔を出してお礼を言う。


「逃げてるなら先に言ってくれれば良かったのに 」


 エミリアさんも振り向いて笑顔をくれる。 


「でもどうして匿ってくれたんですか? 光奴はギルドに引き渡さなきゃならないって…… 」


「ん? 馬車を直してくれたお礼よ。 実は私達もピンチだったのよ 」


「え? 」


「この荷物、ちょっと訳ありでね。 ここの領地を治めている、キールって気難しい貴族直令の仕事なのよ 」


「カバナの樹液ですね。 聞いてました 」


「そう。 採取してから納品まで2日以内っていうのが条件なのよ。 それを越えると首を切られちゃうの。 だから私達も命拾いしてるのよ 」


 キール卿が気難しいのは知っている。 ミナミを最後まで虐めようとしていたのもキール卿で、自分の思い通りにならないことがあるとすぐにヘソを曲げてしまうようなおじいさんだ。


「あの…… 光奴ってこの世界ではどんな扱いなんですか? 」


 一番気になっていた事を聞いてみた。 


「一言で言ってしまえば奴隷よ。 強制労働だったり、高位貴族のペットだったり…… 言葉も通じないし、出生も分からない別世界の人だから何をしてもいい。 そんな風に捉えているみたい 」


「そんな! 」


「でもそう捉えている人が大半なの。 ごめんなさいね 」


 それが今のイシュタルの現実…… でも納得がいかない。


「…… 私達が何かしたんですか? 」


 押し寄せてくる怒りを懸命に抑えてエミリアさんに問う。 別にエミリアさんが悪い訳じゃないけど、突然飛ばされた異世界で奴隷扱いを受けるなんてあんまりだ。


「そっか、知らなくて当たり前よね。 そもそも光奴…… 」


  ぐぅぅ……


 私のお腹の虫が盛大に鳴った。 くうぅ!! こんな大事な話をしてるのよ? ほら、アリアちゃんだって目が点になってるし、エミリアさんも笑いを堪えてる。


「おねーちゃん、これあげる! 」


 アリアちゃんが御者台の下の箱を漁って出してきたのは、フランスパンに似た細長い焦げ茶色のパンと紙に包まれた干し肉だった。


「え…… これ…… 」


「お腹いっぱいになるか分からないけど食べなさいな。 その様子じゃ、まともな物食べてないんでしょ? 」


 エミリアさんはフフっと笑って前を向いてしまう。 お水もどうぞと、アリアちゃんは水袋まで手渡してくれた。


「…… ありがとう…… 」


 いきなり親切にされまくりで涙がこみ上げてくる。


「光ちゃん、頂いちゃった 」


「………… ぐぅ 」


 揺れが心地良かったのか、光ちゃんは樽に挟まれながら大口を開けて眠っていた。 パンを半分よりも少なめにちぎり、大きい方を光ちゃんの分に取り分けて、私は小さい方を頬張る。


「…… 美味しい…… 」


 噛み応えのある硬いパンだけど、噛めば噛むほど麦の味が出てきて甘く感じる。 干し肉もちょうど良い塩加減で、取り分けた分をあっという間に完食してしまった。 二人で分けるとお腹いっぱいとは言えない量だったが、この世界に来て初めてのまともな食事にまた涙が出てきた。


「ショーコ、足りた? といってもそれしかないんだけど 」


「え!? もしかしてエミリアさん達の食事…… 」


「いいのいいの! アリアも1食くらい平気だよね? 」


 アリアちゃんまで元気に『ウン!』と答える。 それを聞いてまたまた涙ぐんでしまった。


「おねーちゃんは泣き虫だなぁ。 そんなんじゃ生きていけないよ? 」


「こらアリア。 おねーちゃんはきっととてもツラかったんだよ? 」


 『はーい』とアリアちゃんは素直にエミリアさんの言葉を聞き、エミリアさんと手綱を交代する。 


「さて、さっきの話の続きをしようか? 」


「お願いします 」


 私は滲んだ涙を手の甲でグイっと拭いてエミリアさんと向き合った。



 異世界転移者…… つまり私達は、かつては光の民と呼ばれていたらしい。 光の民と呼ばれるようになったのは、ミナミがこの世界に目映い光と共に現れ、国民の為に活躍したからだとエミリアさんは言う。 ミナミが自分の世界へと帰った後、イシュタルのあちこちに光の民が現れるようになったのだそう。 しかし、ミナミのように特殊能力を持った光の民は現れることはなく、そのほとんどが言葉の通じない凡人だった。 ファーランド国王は全ての光の民を難民として引き取って保護していたが、それを面白く思っていない高位貴族がいたのだ。 


  無能な難民は奴隷で十分だ


 そんな一言がイシュタル中に広まったという。 やがて光の民達にもその言葉が伝わり、怒り狂った光の民はファーランド王国の反乱者と共に暴動を起こしてしまった。 国王は光の民によって殺害され、光の民もまた、国の軍隊によって鎮圧される。 光の民は信頼の厚かったファーランド国王を失った国民の間で災厄の民と呼ばれるようになり、尚も光に乗ってやってくる異世界転移者を、いつしか光の奴隷と呼ぶようになったのだそうだ。


「結局、光の民達は国王を亡き者にしようとした反乱者に利用されただけなんだけど。 国民には国王が光の民に殺されたという事実が衝撃だったのよ。 光の奴隷が光奴に変わり、災厄の象徴として見られるようになってしまったわ 」

 

 私の知る『イシュタルの空』のその後のお話。 私は頷く事も相づちを打つことも出来ず、淡々と語ってくれるエミリアさんに耳を傾けることしか出来なかった。

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