第20話

 その夜、翔子と光は馬屋の一角を借りて一夜を過ごすことになった。 運び屋フォン・ガルーダのメンバーは皆、この店の裏にあるミシェルの家に住み込みで働いていて、4つある部屋を全て使っている。 ミシェルもエミリアもローランも部屋を使っていいと翔子に言ったが、翔子は遠慮して馬達の横でいいとシーツを借りた。 干し草をたっぷりと敷き詰め、その上にシーツを敷いて翔子と光は横になる。


「すっかりなつかれちゃったな 」


 翔子と光の間には、スースーと気持ち良さそうにアリアが寝息を立てていた。 翔子の作務衣の裾を握りしめ、腕に寄り添ってしばらく離してくれそうにない。


「翔子、どうするつもりだ? 」


「…… うん、考えてる 」


 夕食の時にエミリアがここで働けばいいと提案してきたことだ。 翔子は情勢が知りたくてこのエルンストに来た事と、ここからファーランド城を目指して現実世界へ戻る方法を探す事を皆に伝えた。 それならば、ほとぼりが冷めるまでウチの店で働いて、運び屋としてファーランドに行けば目立たないとミシェルは言う。


「ありがたい話なんだけど、こんなに優しくしてくれる皆に迷惑もかけたくないのよね 」


「同感。 さっきローランさんから光奴を匿った者はギルドに殺されるって聞いた 」


「え? ローランさんと話せたの? 」


「うん、あの人も日系中国人の異世界転移者だって。 7年前に俺達と同じように光に包まれたって言ってた 」


 翔子は驚いて思わず起き上がろうとしたが、アリアがガッチリとしがみついて離れず起き上がるのを諦める。


「う…… ん…… 」


 翔子が急に動いたせいでアリアがモゾモゾと苦しそうな表情を浮かべる。


「ゴメンゴメン、なんでもないのよ 」


 翔子が耳元で優しく囁くと、アリアはまたスースーと寝息を立て始め、柔らかい表情に戻った。


「まるで母親だな 」


「子供は好きだけど、私にはまだ早すぎるわよ 」


 穏やかな顔で眠るアリアに翔子はフフッと微笑む。


「こんなになつかれた経験もないけどね。 なんでこんなに気に入られちゃったのかな…… 」


 通路の向かい側で足を畳んで寝ていたアヴィがブルルと鼻を鳴らした。 アルトも首を起こして馬屋に誰かが来たことを知らせる。


「アリアがお邪魔してごめんね 」


 湯浴みを済ませたエミリアが二人の元にやって来た。 翔子に寄り添って眠るアリアを見てクスクスと静かに笑う。


「ヤキモチ妬いちゃうくらいベッタリね。 よほどあなたが好きみたい 」


「あ…… ハハハ…… 」


「横、座っていい? 」


 エミリアは翔子と光の足元に座ってアリアを優しく見つめる。 光は起き上がってパンパンとシーツを払い、エミリアに場所を開けた。


「ありがとうヒカル。 気遣い上手いよね、君って 」


 光にニコッと笑い、翔子が通訳すると光はそっぽを向いて頭を掻く。


「この子、光奴とのハーフなの。 母親が光奴で父親がどこかの貴族みたい 」


「え? アリアちゃんってエミリアさんの娘じゃないんですか? 」


「娘よ。 でも私は産みの親じゃないの。 これでも私は21歳よ? そんなに老けて見える? 」


「…… 若いとは思ってたんですけど、こっちの世界ではアリなのかなって…… 」


「うぇ? やっぱりエミリアさんって母親じゃなかったのか? 」


 光も翔子の話の内容に気付いて目を丸くしていた。 怒ってないよとエミリアは笑う。


「孤児なのよ、この子。 6年前に内円道を泣きながら一人で歩いていたのを保護したの 」


 エミリアはアリアの頭を撫でる。 その目は優しく、悲しくも見えた。


「強いショックを受けたみたいでね、自分の名前はおろか、言葉もままならない状態だった。 仕事中だったけど放っておくことも出来なくてね、連れ帰ってミシェルに相談したら娘にしたら? って。 それからこの子は私の娘…… アリアって名前は私がつけたのよ 」


「そうだったんですか…… 」


「エミリアさん、何て? 」


 翔子は要点をかいつまんで光に話す。 ふーん、と光は唸って腕組みをした。


「俺達の世界とは色々と違うんだな…… 」


「そうでもないんじゃない? 日本も施設があるから目立たないだけで、親が分からないって子供は結構いるもの。 海外はもっと多いわ 」


「ショーコの世界にもそういうのはあるのね。 光の国から来る人達だから不自由なんてしてないと思ってた 」


「光の国だなんて…… 確かに色々な物が充実して不自由は少ないけど、人の心はこっちより荒んでるかも 」


 翔子の表情が一気に暗くなる。 翔子自身、現実世界へ戻った方が幸せなのか、ここで暮らした方が幸せなのか分からなくなっていた。 その表情に気付いたエミリアは、ふと話題を変える。


「それにしてもアリア、ホントに幸せそうな顔してるわ。 あなたに何かを感じてるのかしら 」


 翔子もアリアの顔を覗き込み、優しく頭を撫でる。


「どうなんでしょうね…… 光奴の匂いとかあるのかなぁ 」


 翔子は自分の腕の匂いをクンクンと嗅ぐ。 『そうなのかもよ』とエミリアが笑うと、翔子もつられて静かに笑った。 そんな二人を光は笑顔で見守る一方、横目で馬屋の柱の影を気にする。 そこには3人をじっと見据えるローランの姿があった。 

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