第15話

 人間、本当にヤバい時は声が出ないものなのね……


 きっとスカートを捲し上げてパンツを上げているところを見られただろうし、もしかしたらおしり丸出しな所も見られていたのかもしれない。 『キャー!』とか、『ギャー!』とか叫べば良かったのに、私は後ろから剣を突き付けられて叫ぶことすら出来なかった。


「そのまま真っ直ぐ街道まで歩け 」


 表情を変えない二人の兵士に促されて、私は震える足で外円道に出る。 未だに戻らない光ちゃんが気になるけど、危険な目に合うのなら私一人でいい。 私は光ちゃんが一緒にいることを兵士に悟られないよう、後ろを振り向かずに兵士の言葉に従った。


「ここで待て。 大人しくしているんだ 」


 道端の切り株に座るように言われてややしばらく。 今頃、あの場所からいなくなった私を光ちゃんは探してるだろう。 この状況を見て、どこからか様子を窺ってるのかもしれない。 そんなことを考えていると、私の前に長い白いマントを羽織った男が馬から降りてきた。


「貴女が言葉を理解できる光の民・・・か? 」


 あれ? ……光の民? カイゼルひげというんだろうか…… 英国紳士が好みそうなちょびヒゲがよく似合う中年の凛々しいおじさん。 きっとこの人……


「もう一人男性がいるそうだが、どこにいる? 」


「………… 」


 おじさんの目をじっと見て何も答えないでいると、おじさんは軽くため息をついて私の前に片膝をついた。


「何も獲って食おうというわけではない。 言葉が通じるのなら、名前をお聞きしたい 」


「アルベルト様! 近付きすぎです! 」


 横に控えていた護衛らしき人がスッと腕を伸ばしてきた。 やっぱりこの人がアルベルト卿なんだ…… 


「…… 藤井。 藤井翔子です 」


 アルベルトは優しく微笑む。


「そうか。 私はアルベルト・コールベル。 君はミナミの仲間か? 」


「え? 」


 不意に出てきたミナミの名前に戸惑ってしまった。 この人、ミナミの事を知ってる!? やっぱり≪イシュタルの空≫の著者はここに来たことがあるんだ!


「あの!! 」


「うわぁ!! 」


 アルベルト卿に問いかけた瞬間、後ろから叫び声がして兵士が茂みから転がり出てきた。


  ドスン!


 と同時に、私の目の前に降ってきたのは、根ごと引き抜かれた一本の大木。 こんなことが出来るのは光ちゃんしかいない!


 大木はアルベルト郷を狙って落とされたが、彼はヒラリと後ろに飛び退いてそれをかわした。


「光ちゃん! 」


 茂みから転がり出てきた兵士の後を追うように飛び出してきた光ちゃんは、手にしていた太い枯れ木をアルベルトに向けて横凪ぎする。


「アルベルト様! 」


「うおぉ!! 」


 私の頭の上をかすめて護衛を直撃した枯れ木は、庇おうとした護衛もろともアルベルト郷を凪ぎ払う。 彼らは5メートルは吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がって重なりあっていた。


「翔子! 」


 持っていた木を放り投げ、背中と足に腕を回し、私を抱え上げて光ちゃんはエルンスト方向に走り出した。


「くっ! エルンストに行かせてはならん! 」


 後ろからアルベルトの怒声が飛ぶ。 焦っているような、切迫した声に私は後ろを振り返る勇気がなかった。


「ごめん、光ちゃん。 捕まっちゃった…… 」


「オシッコの最中を狙ってくるとはエロい連中だ! 」


「ばか、そういうことを言ってるんじゃないわよエッチ! 」


 光ちゃんは苦笑いしながらも更にスピードを上げる。 呆気に取られる兵士達を振り切り、あっという間に道の先に大きな吊り橋が見えてきた。 橋の袂には先程の兵士と同じ格好をした兵士が数人で呑気に入り口を固めている。


「一気に飛び越えるぞ。 しっかり捕まってろ! 」


 光ちゃんの首にギュッとしがみつくと、光ちゃんはグッと沈み込んで力強く地を蹴った。 


「なっ!? 」


 ポカンと口を開けて見上げる兵士達の頭上を宙高く飛び、橋の真ん中に衝撃なく着地する。


「待って光ちゃん! 」


 私はすぐに走り出す光ちゃんを呼び止めて振り返る。 この橋が境界線なのか、兵士達は橋に足を踏み入れて追って来ようとはしなかった。 見たところ弓矢を射ってくる者もいない…… とりあえず安全圏には逃げれたらしい。


「うわぁ! 光奴だぁ! 」


 橋を渡っていた行商人の集団が次々に引き返して逃げて行く。


「翔子、グズグズしてる場合じゃないぞ? 挟み撃ちにされたら逃げ場がない 」


「…… うん 」


 橋の袂に集まってくる兵士達を見ながら、アルベルトのあの言葉を思い出す。


 光奴じゃなく、光の民って? 私達を捕まえてどうしようというの?


 聞いてみたいけど、光ちゃんの言う通り今は逃げることが最優先だ。 私達は逃げ惑う行商人の間を縫って橋を渡りきり、緩やかにカーブする道を走り続けた。

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