第10話
「具合悪いわけじゃなかったんだな? 良かった 」
「うん、大丈夫。 こうすればアイツらに気付かれないで光ちゃんに話が出来ると思ったから 」
光ちゃんの肩から力が抜けるのがわかった。
「あのね、私の知ってるファーランド王国とは違うみたいなの。 ミナミは光奴なんて呼ばれなかったし、ギルドも関与はしてない。 どうも様子がおかしいの 」
「おかしい? ミナミとは状況が違うだけじゃないのか? 」
「そうだといいんだけど…… でもこの人達、私達を奴隷にするつもりみたい。 このままギルドに引き渡すって言ってた 」
「…… 随分な扱われ方だな。 んで、ここを逃げたとしてどうする? どこに行っても奴隷としか扱われないんじゃないのか? 」
確かにそうだ。 男達はどうして私達が異世界転移者と分かったんだろう……
「あの! どうして私達が異世か…… 光奴って分かるんですか? 」
前を歩く男に聞いてみる。 どうせ異世界の名もない狩人Aなんだ、怖がることはないと自分に言い聞かせる。
「どうしてって…… その服装を見ればすぐに分かるさ。 セイフクっていうんだろ? そんな服や生地はこのファーランドにはないからね 」
なるほど、服か…… なら着替えれば目立たなくなるのね。
「後は言葉だ。 君みたいに言葉が通じる光奴は稀で、大概はそっちの男のように理解不能な言語を喋る。 いつも苦労させられるんだ 」
ハハハと先頭の男は笑ったが、後ろの男に話すなと諌められていた。 私はそのやり取りをかいつまんで光ちゃんに通訳する。
「…… ってことみたいだよ 」
光ちゃんは黙って私の話を聞いている。 私の考えを待っているようだ。
「今私達を知っているのはこの人達とさっきの男達だけ。 途中でこの人達を撒いて、どこかで服を調達できればなんとかなるかもしれない 」
光ちゃんは小さく頷いた。 歩きながら頭上を見渡して、そして周りを見渡す。 歩いているうちに道幅は広くなり、やがて街道のような太い道と交わる交差点にぶつかった。
「この道、
ボソッと呟いた私に光ちゃんが振り向く。 地面は土に砂利を混ぜて固く平らに整地され、自動車が2台すれ違えるほどの道幅がある。 外円道と呼ばれるこの道は、ファーランド城があるユシリーン湖を中心に楕円を描いて延びている。 4つの高位貴族が治める街を結ぶ主要道で、言ってしまえば大陸を一周する環状線だ。
「こっちだ 」
男達はT字路を左に誘導する。 道なりに進めば、やがてトゥーランに着くのだろう。 ということは、反対側へ進めばキール卿が統治するエルンストという領地…… この人達から逃げるなら、今がチャンスかもしれない。
「光ちゃん、走れる? 」
男達に従って歩いていた光ちゃんが小さく頷く。 私は光ちゃんの背中にギュッとしがみついた。
ドン!
しがみついたのを合図に光ちゃんは一瞬で脇の茂みに飛び込んだ。
「…… あれ? 」
「なっ…… 消えた!? 」
男達には私達が突然消えたように見えたのだろう。 茂みの向こうから慌てる声が聞こえる。
「何やってんだ! 茂みの向こうだ! 」
男の一人が叫ぶ。 ガサガサと音を立てて男達は茂みの中に入ってきたようだが、その時私達は既に何十メートルも森の中を進んでいた。
カン!!
甲高い音を立てて私達の横の木に矢が刺さる。 後ろから何本も矢が飛んできたが、うっそうと繁る木々が私達を守ってくれた。
「翔子! どっちに走ればいい!? 」
「右に行って! 遠回りになるけど、エルンストに行った方が安心かも! 」
光ちゃんはジグザグに木々を避けながら森の中を走る。 後ろを見ても狩人の姿はもうない。 あっという間にあの男達を撒いてしまったようだ。
私は外円道からはあまり離れないようにと光ちゃんに伝えた。 真っ直ぐ北上すれば湖の周囲を囲っている
「光ちゃん、また木の上に行けないかな? 日が暮れてきたみたい 」
気が付けばもう夕暮れ。 とりあえず寝れる場所を探しておかないと、この森で野宿は危険過ぎる。 先を急ぎたいのは山々だけど、ご飯もまともに食べていないのに光ちゃんに無理をさせることは出来ない。
「光ちゃん、あそこ! 」
私は外円道に近く、一番枝が太そうな高い木を指差した。
夜になり、私達は枝の上から外円道を見下ろしていた。 昼間と同じように光ちゃんが幹に寄りかかり、私は光ちゃんの足の間に入って落ちないように手を握った。
「お疲れ様、ゆっくり休んでね 」
ベッドで寝れないから疲れは取れないと思うけど、満腹と疲労で光ちゃんは既に夢の中だ。
あの白い実がヤシナッツだと分かり、光ちゃんはその大きな実を2つ抱えて戻って来て半分に割ってくれた。 少し青臭いココナッツジュースと、早熟の歯応えのあるメロンのような果肉が、水分補給と空腹を満たしてくれた。
私も眠気に襲われるが、今まで光ちゃんに頼りきりだったのだから、今は光ちゃんが落ちないように私が頑張ろう。
「大きな月…… 」
ふと空を見上げると、現実世界と同じ形をした月が枝の隙間から見えていた。
これからどうなっちゃうんだろう…… イシュタルの空のミナミのように、私は小説の主人公ではない。 夢にまで見た世界がこんな苦労や危険な事ばかり…… 正直嫌気がさしていた。
柔らかいベッドで寝たい…… お母さんのご飯が食べたい…… 気持ちいいお風呂に入りたい…… そんなことばかりが浮かんでくる。
「日本って平和だな…… 」
現実世界では対人関係以外困った事がない。 それだけ恵まれてたんだね、私は。
(ミナミのように頑張って現実世界に戻ろう。 光ちゃんと一緒に! )
そう心に決める。 男達が言ってた通り、ここがファーランド王国であることは間違いない。 ならば私の頭の中にはこの世界の地図はある。 それに私にも特殊能力がちゃんとあった。 翻訳能力って言うのかな? 戦闘には役立たないけど、外国へ行って言葉が話せるというのは強みだ。
「よし! 」
目指すのはファーランド城へ行って、国王に謁見すること。 再び月を見上げると、無理矢理テンションを上げる私を見守ってくれているような気がした。
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