第11話

「う…… ん…… 」


 眩しくて目を開ける。 いつの間にか私も眠ってしまっていたらしい。 座ったまま寝てたのでお尻と腰が痛い。 しかも光ちゃんの腕の中で。 光ちゃんも汗臭いけど、私も汗臭いから恥ずかしい。 ススッと光ちゃんから離れてみる。


「起こしちゃったか? ゴメンな 」


「う…… ううん、ゆっくり寝れたから大丈夫だよ 」


 私が落ちないように支えてくれたみたいだけど、気を悪くしちゃったかな…… 気まずそうに苦笑いする光ちゃんに言い訳してみる。


「あの…… 嫌だった訳じゃないのよ? 私汗臭いし、その…… 恥ずかしいなって…… 」


「何言ってんだ? 」


 キョトンとする光ちゃんに、乙女の恥じらいなんていらなかったみたい。 鈍感!


「まぁいいけど。 出発する? 」


「今は止めた方が良さそうだぞ? ほら 」


 光ちゃんは下に見える外円道を指差す。 見ると昨日の男達のような格好をした人達ががウロウロ…… 通りかかる馬車の御者や行商人の集団に声をかけているようだった。


「私達を探してるんかな? 」


「だろうな。 日が昇る前からこの付近をウロウロしてた 」


「そんなに躍起になって探すなんて…… なんなんだろ 」


 不思議に思う。 光奴をギルドに引き渡すと賞金が貰えるというのは分かったけど、そもそも賞金を払ってまで捕まえようとしているアルベルト卿の意図が分からない。 


「ねぇ光ちゃん、私達ってこの世界でどんな価値があるんだろう? 」


「価値? 」

 

「うん。 言葉も通じず、右も左も分からない人間は逆に手間なんじゃないのかな…… 」


「だからこそ、なんじゃないか? 昔の日本もそうだったろ? 他国の人間を奴隷同然に強制労働させてたじゃん。 特に俺みたいな力を持ってたら何人分の労働力になるんだか…… 」


 そういうものなのか。 でもなんだろう…… それだけじゃないような気がしてならない。


「…… 主人公らしくなくてガッカリしてるんか? 」


「そうじゃないんだけど…… 思い描いてたのとは違うなって思って 」


 光ちゃんはクスッと笑った。 歯を見せて私に優しい笑顔をする。


「俺が遊んでたRPGはみんな、どん底から這い上がってきてたけどな 」


「え…… ゲーム? 」


「それに比べてお前にはこの世界の知識があるんだ。 見方を変えればチートじゃん! 状況が違うならそれに合わせればいいし、なんならお前が主人公として物語を作ればいい。 楽しそうだろ? 」


 光ちゃんはこの状況を楽しめと言う。  


「ゲ、ゲームじゃないんだよ? 怪我しちゃったり死んじゃったり…… これも現実世界なんだよ? 」


「いいじゃん。 異世界なんて滅多に経験出来ないんだぜ? 怪我したり死なないように頑張ろうな 」


 ハハハと光ちゃんは笑う。 なんなのよ、この楽観的……


「いたぞ! 木の上にいやがる!! 」


 下で御者と話してた男に気付かれた。 光ちゃんが声出して笑うからじゃない!


「さ、逃げようぜ。 捕まって奴隷なんてヒロインじゃない 」


 光ちゃんは立ち上がって手を差しのべてくる。 


「…… そうだね。 どうせこの世界で私達を知る人なんかいないんだから、思いっきりやっちゃおうか! 」


「おお! 乗ってきたじゃん、翔子! 」


 スカン! カン!


 私達の意気を削ぐように足元の枝に矢が刺さる。


「キャー! 」


「うわヤベっ! 」


 光ちゃんは私を抱えて隣の木に飛び移った。 飛び移った枝を蹴ってまた隣の木へ…… まるで忍者みたいに跳ね回り、あっという間に男達を引き離した。


「キャー! ウキャー!! 」


 怖いなんてものじゃない! 抱えられるお腹は痛いし、足は宙ぶらりん。 スカートの私は跳ねる度に裾が捲れてパンツまで見えてるかもしれない。


 大声を上げているからか、男達の声は後ろから離れない。 懸命に口とスカートの裾を押さえて光ちゃんに任せるしかなかった。


「ん!? 」


 光ちゃんに抱えられて空中を跳んでいる途中、キラッと何かが光ったのを見た。


「光ちゃん! 左に川が見えた! 」


「マジか! 」


 地面に着地した光ちゃんは、私を背中に抱え直してものスゴい速さで森の中を駆ける。 やがて見えてきたのは、川幅が30センチにも満たない小さな小川だった。 ちょうど木の隙間から漏れた太陽の光が反射して、一部分だけキラキラと光っている。


「追っ手は? 」


 光ちゃんに言われて振り返るが、男達の姿は今のところ見えない。 でもすぐにここまで来そうな雰囲気だ。


「もう少し上流まで行った方がいいかな? 」


 私がそう言うと、光ちゃんは耳を澄ませて走ってきた方向を見る。 『うん』と頷くと、すぐさま小川に沿って走り出した。




「…… きれい…… 」


 20分くらい走っただろうか。 小川の上流は小さな池になっていた。 たどり着いたのは30メートルはありそうな絶壁になっていて、その上から一筋の細い滝が風に煽られることなく流れ落ちていた。 その滝が小さな池を作り、森に向かって何本もの小川を作り出している。


「飲めるのかなこれ…… って、えぇ!? 」


 私が言うより早く光ちゃんは水面に口をつけてゴクゴクと池の水を飲んでいた。


「うん、ぬるいけど美味いぞ? 」


「…… 少しは警戒してよ。 お腹壊しても知らないよ? 」


 私も両手で池の水を掬ってみる。 透明度の高い綺麗な水で、池の底の石ががクッキリと見えていた。 その水を一口。


「美味しい! 」


 あまり冷たくはないが、ペットボトルで売られているお高い水より美味しく感じる。 人の事を言えず、私も水面に口をつけてゴクゴクと喉を鳴らしながらお腹に流し込んだ。


「………… 」


 池の水を満足するまで飲んだ後、私は後ろを振り返る。 油断は出来ないけど、今のところ背後から男達が追ってくる気配はない。 次に崖の上に目線を移す。 ここを越えられればファーランド城までそう遠くはない筈なのに…… あまり足場もない壁のような崖は、光ちゃん一人なら登れそうだけど私と一緒では無理っぽい。 特殊能力が飛行とかなら良かったのにと悔やまれる。


「光ちゃん、ここ行けそう? 」


 見上げた光ちゃんは、顎に手を添えてウーンと唸る。


「まぁやってみるわ。 ちょっと様子見てくるから待っててな 」


 光ちゃんは上を見上げながら左右に移動して良さげな位置を探す。 めどが付いたのか、グッとかがみ込むと土煙を上げて思い切りジャンプした。 崖の中腹辺りに飛び付いた光ちゃんは岩肌の凹凸にしがみつく。


「危ない! 」


 何度も足を滑らせて体勢を崩すが、光ちゃんは岩肌を確かめながら慎重に登っていった。 命綱のないロッククライミングをヒヤヒヤしながら下から見上げ、ついには光ちゃんの姿が見えなくなる。


「無理しないでね…… 」


 この崖の上にもまだ森は続いているのだろうが、小説の文章だけでは距離感や地形が掴みにくい。 光ちゃんの帰りを待つ間、私は木陰に隠れて目を閉じる。 


 地図は私の頭の中にある。 側にあった小枝を拾い、私は小説の内容を思い出しながら、地面に地図を書いていった。

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