第9話
ゴシャッ!
鈍い破裂音と共に冷たい飛沫が顔に飛んだ。 私を舐めようとしていた男は殴られたように派手に吹っ飛び、別の男を巻き込んで地面に転がる。 私の足元に落ちたのは、割れたヤシナッツの実。 ひび割れた部分から果汁が漏れ出していた。
「な、なんだ!? 」
残った男が上を見上げた瞬間、その男の顔面にヤシナッツが直撃する。
「ぐべぇ! 」
鼻血と果汁を撒き散らしながら男は仰け反って倒れた。 倒れた男のお腹に二撃目のヤシナッツが鋭く追い撃ちをかける。 ヤシナッツが飛んできた方向を見上げると、更に二つが砲弾のように飛んできて男達に直撃した。 きっと光ちゃんだ。
「逃げるぞ! 」
枝から私の目の前に飛び降りてきた光ちゃんは、突然私を抱き上げて走り出した。
「どうなってんだよ! 」
「わかんない! 人がいたから助けてって言ったら突然襲われて…… 」
光ちゃんは森の中を走る。 木々を左右にかわし、茂みを抜け、大きな倒木を飛び越える。 野犬に追われた道に戻ってきた私達を待っていたのは、胸当てやニーパッドを着けた狩人っぽい集団だった。
「うわっ! 」
いきなり茂みから現れた私達に驚いて男の一人が弓を構える。
「助けて! 」
「なんだ!? 人間? 」
弓を構えた男は、私の声に反応して弓を下ろす。
「襲われてるの! 助けて下さい! 」
「なに!? 犬か!」
「3人の男の人! 私を殺そうと…… 」
「ちょっと待て、コイツら…… 」
別の男が弓の男の肩を掴んで耳打ちをした。 目線を私達に向けたまま男達は頷いている。
「ひょっとして君達は光奴か? 」
またその言葉…… 光奴って何よ!
「なんなのよその光奴って? 」
その瞬間に3人の男達は一斉に私達に弓を向けた。 まるで危険人物扱いだ。
「やっぱり光奴なんだな。 悪いが、光奴は見つけ次第ギルドに引き渡さなければならない 」
「え…… 」
イシュタルにおいてギルドとは、治安維持や危険と判断されるものの排除、街の清掃に至るまでを管理する警察みたいな国家組織だ。 その権力は高位貴族達も恐れるほどで、ついでに態度もでかくてミナミも手を焼いていたほど…… 捕まって引き渡されたら厄介だ。
「光ちゃん、ヤバいかも…… 」
「お前、アイツらの言葉分かるのか? 」
「えっ? 」
言葉? 初めは光ちゃんが何を言ってるのか分からなかったが、すぐにピンときた。 さっき私を襲った男達も、私が喋れる事にびっくりしていた。 多分異世界転移者は私達だけじゃなく、その誰もが言葉が通じないんだ。 私の特殊能力はきっとこれだ……
「うん、分かる。 この人達、私達を捕まえてギルドに引き渡すって言ってる 」
「…… 逃げるか? と言っても弓矢を突き付けられて逃げられる自信はないんだけどな 」
光ちゃんは私に苦笑いする。 確かにこの至近距離で射られては怪我どころじゃ済まなさそう…… グズグズしてたらあの男達も追い付いてきそうだし…… どうしよう……
「君は俺達の言葉が理解出来るんだな。 手間が省けて助かる。 大人しくついてきてもらおうか 」
男は弓を構えたまま顎で道の先を指した。 さっきの男達とはちょっと違って、私達を襲おうとはしなさそう…… 今は従った方がいいかも。
「光ちゃん、今は従うしかないよ 」
わざと男達に聞こえるように光ちゃんに言う。 光ちゃんは私の顔を見て何か感じ取ったようで、黙って一つ頷いてゆっくりと男の指す方向に歩き出した。
男達に挟まれるように私達は切り株の道を歩く。 最初は後ろからずっと弓で狙われていたが、私達が大人しく言うことを聞いているせいか今は弓を構えることはしなくなった。 それでも私が後ろを振り返ると、警戒して弓に手を伸ばす。
「逃げ出そうなんて考えるなよ? 」
念を押すように後ろの男が低い声で言ってきた。 私は黙って前に向き直り、光ちゃんにピトッと寄り添う。
「どうした? 」
「うん…… この人達にずっとついていく訳にもいかないんだけど、これからどうしようかなって 」
男達には聞こえないように、光ちゃんと肩をくっつけて小声で話す。 そういえば光ちゃんには男達の言葉はどのように聞こえているんだろう……
「ねぇ光ちゃん、光ちゃんには何語に聞こえてるの? 」
「え? 何語って言われてもな…… アフリカ語? いやいやそんなのないか。 中国語とスペイン語を混ぜた感じ? 」
「…… 全然わかんない 」
ちょっと可笑しくなって笑ってしまう。
「緊張感のない奴らだな。 今お前らは連行されてるんだぞ? 」
まぁ、不謹慎よね。 けど考え方を変えれば町まで私達を護衛してくれる人達だ。
「………… 」
今のうちに分からないことを聞いておきたい。 ため息混じりに笑う男達はさほど恐くないけど、人見知りの私には男達に話しかける勇気が出ない。 思わず光ちゃんの顔を見ると不思議そうな顔をしてる。 そうだよね、言葉の通じる私が頑張らないと!
「あの! 」
光ちゃんのワイシャツの裾を掴み、勇気を振り絞って前を歩く男に声をかける。 男はめんどくさそうに振り返り、それでも聞く姿勢を見せてくれた。
「あの…… 光奴って何ですか? 」
「ああ、君らは知らなくて当然か。 君らみたいに、別世界から光に混じってやって来る人間のことだよ。 言葉が通じる光奴は俺も初めてだけど 」
やっぱり異世界転移者は私達だけじゃない…… 言葉の意味がやっと理解できてきた。 光に乗ってやってくる奴隷…… ということなのだろう。 ミナミはそんな扱いはされてなかったけど、異世界からやって来たミナミを快く思っていなかった連中もいたのは文章で分かる。 私達みたいな異世界転移者を光奴と名付けて、奴隷にする貴族がきっといるのだ。
「あの…… ど、どこに連れていくつもりなんですか? 」
知らないフリをして聞いてみる。 目指しているのはおそらくトゥーランの町。 アルベルト卿の屋敷があり、ギルドも常駐している。 ちょっとわざとらしすぎたかな……
「トゥーランだよ。 まぁ君らはどこに連れていかれても変わらないと思うけどね 」
『イシュタルの空』にそんな設定はなかったのだから、ここは私の知っているファーランド王国じゃない。 どうしよう…… このままトゥーランに行っても、ただ奴隷にされてしまうだけなんじゃないだろうか。
「おい、何をコソコソ話してる? 逃げようとか相談してるんじゃないだろうな? 」
マズイ…… 私は咄嗟にその場に立ち止まってしゃがみ込んだ。
「翔子! どうした!? 」
光ちゃんがすぐに背中を支えて介抱してくれる。
「どうした? ほら歩け! 」
「すいません、目眩がして…… 光ちゃん、肩貸して 」
光ちゃんは何も言わずに私をおんぶしてくれた。 男達に急かされるように私達は再び歩き出す。
「光ちゃん、よく聞いてね。 返事とか相づちは打たないで 」
唇が光ちゃんの耳に触れそうなくらいの距離で私は囁く。 ちょっと恥ずかしいけど、これなら男達にバレずに光ちゃんと話が出来る。
「アイツらの隙を突いて逃げるよ 」
光ちゃんの体がピクッと跳ねるのが私の体に伝わった。
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