第8話
野犬の群れが諦めるまで私達は木の上でじっと待機した。 幹の周りを執拗に歩き回り、いなくなったと思えばまた戻ってくる。 この間に光ちゃんは『少し眠る』と幹に寄りかかって目を閉じていた。 態勢が良くないのかモゾモゾと動き、私は落ちるんじゃないかと不安になって光ちゃんの足の間に入って手を握った。 しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてくる。
「疲れたよね…… ありがと 」
深く寝入ったのか、光ちゃんは浅い寝息を立ててピクリとも動かない。 光ちゃんがいなかったら、私は今頃野犬の胃袋の中だっただろう。
力を手に入れた光ちゃんが羨ましくて、正直ズルいと思っていた。 でも私が力を手に入れていたとしても、光ちゃんを守れた自信はない。
私を置いていけばもっと楽に逃げられたんだろうに…… バテバテになってまで頑張ってくれた光ちゃんにちょっとキュンときてしまう。 きっと吊橋効果ってヤツよね、この気持ち。
「…… あれ? 」
地上からは気付かなかったが、隣の木の枝の先の密集した葉の中に隠れるように、大きな木の実がついていた。
「あれ、ヤシナッツかな…… 」
人の頭くらいの大きさの白いボールのような実。 現実世界のヤシの実と同じように硬い皮をしていて、中にはスポーツドリンクみたいな液体とココナッツのような白い果肉があると小説には書かれていた。 ミナミが食べたのは茶色い皮のものだったが、完熟前の実はこんな感じなんだろうか。
「光ちゃ…… 」
いや、まだ寝かせてあげたい。 すぐにでもあれがヤシナッツなのか確かめたいけど、寝息を立てている光ちゃんが起きるまで待つ事にした。
「アルベルト領地で他に特産物なかったっけ…… 」
光ちゃんが起きるまで、この世界の情報を思い出せる限り整理してみる。
ファーランド王国は国王自らが治める直轄地と、4つの高位貴族が治める領地で統治されている。 大陸中央に佇むユシリーン湖一帯を中心として、南部をアルベルト卿が統治していた。 アルベルト領地の7割を占める森林では、主に建設用の木材の生産や、野生動物の狩猟が行われている。 山菜や木の実も豊富らしく、中でも伐採の際に採れる樹液がファーランド国王のお気に入りなんだとか。
「挿し絵があればもっと良かったのになぁ…… 」
≪イシュタルの空≫にはあまり挿し絵がない。 地図等は見たことがあるが、食べ物まではさすがに文章のみの表現しかなく、その色形は私の想像でしかない。 ウサギやイノシシ、シカの肉が特産物になるのだろうけど、私達に狩りが出来るとは思えないし、そうなると光ちゃんが言ってたように魚を獲るしかないのかな……
「う…… ん…… 」
光ちゃんが寝返りをうとうと体をモゾモゾする。
「ちょっと! 落ちちゃうよ光ちゃん 」
「ふぇ? 」
寝ぼけた光ちゃんが下を覗くと、バランスを崩して体が真横に倒れる。 慌てて握っていた手を引き上げようとしたが、私の力では引き上げられる筈もなく、逆に光ちゃんに引っ張られてお尻が浮いた。
「ちょっ! キャー!! 」
頭から真っ逆さまに落ち、地面に叩きつけられると思った瞬間に体がフワッと半回転する。
「大丈夫か? ゴメンゴメン 」
大した衝撃もなくストッと地面に降りた光ちゃんに、私はお姫様だっこされていた。 夢中で光ちゃんの胸にしがみついてしまったが、顔が近い…… 思わず目を逸らしてしまう。
「あ…… ありがと 」
「いやー、寝ぼけてた。 でも少し寝てスッキリしたよ 」
光ちゃんは私を降ろしてウーンと背伸びをする。 そういえば野犬の群れは既に姿を消していた。 諦めてくれたみたいだ。
「そうだ光ちゃん! ヤシナッツを見つけたかもしれないの! 」
「ヤシナッツ? ココナッツ? 」
「うん、味は分からないけど、ココナッツみたいな果肉が食べられるみたい。 取れる? 」
私は遠くの枝に見え隠れする白い実を指差す。 普通なら諦めるところだが、光ちゃんならジャンプすれば届くだろう。
「オッケー、ちょっと行ってくる。 野犬に気をつけろよ? 」
そう言うと光ちゃんはピョンピョンと枝に飛び移っていった。 光ちゃんの行方を追って見ていたいが、野犬も気になって周りをキョロキョロしてみる。
「誰かいるのか!? 」
突然遠くの方から男の人の声がした。 瞬間的に振り返って耳を澄ますと、私達が逃げてきた道の方から何人かの声がする。 人だ! 助かった!
「はい! ここにいます! 」
ガサガサと茂みを掻き分けて現れたのは、リュックサックを背負った角刈りのおじさんだった。 私は助けを求めるためにそのおじさんに駆け寄る。
「あの! 」
「女? うわ! その格好、まさかお前
私を見て驚き、後ずさるおじさんに私の足が止まる。 光奴? 初めて聞く言葉だ。
「あの! 助けてくれませんか? 私達昨日から何も食べていなくて…… 」
「黙れ! 異世界のゴミクズが! 」
異世界のゴミクズ…… 予想もしていなかった言葉に言葉を失ってしまった。 ゴミクズって…… 光奴ってなに?
「おーい! こっちに来てくれ! また光奴が湧いてやがる! 」
その声に反応しておじさんの後ろの茂みから数人の男が顔を出す。
「やったな! クルードの町に持っていけば賞金貰えるぞ! 」
男達は顔を見合わせて下品に笑う。 賞金? なにそれ…… 全く状況が掴めないが、間違いないのは決して歓迎されていないということだ。
「…… 光奴って何? 」
「あん? コイツ喋れるのか? 珍しいタイプだな 」
「もしかすると高値になるかもしれんぞ 」
男達はクツクツと笑う。 内容からするに、私を捕まえてどこかに売り飛ばすという事らしい。 嫌な予感がする…… 思わず私は一歩後ずさった。
「おっと、逃がすなよ? せっかく見つけたスキル持ちなんだ 」
左右から挟み込むように男達が私を取り囲んだ。 手には鞘から抜かれた短剣が握られている。
「うはー! よく見ると可愛い顔してんじゃねーか! 」
「おいおい、傷つけんなよ? 価値が下がっちまう 」
「いいだろうが。 どうせ売っ払うだけなんだから 」
身の危険を感じて足がブルブルしてくる。 異世界転移者って重宝されてる存在じゃないの? ミナミみたいに優遇されるんじゃないの?
「おら、こっち来いよ 」
よだれを垂らした一人の男が汚い手で私の腕を掴んできた。
(ヤダ! 気持ち悪い! )
振りほどこうと腕を引っ張っても、痛いくらいに強く掴まれて引き戻される。
「暴れんなコラ! 殺されたいんかよ? 」
殺すという言葉にビクッと体が硬直する。 ここは日本じゃない…… 人を殺す事なんてなんとも思わないんだ。 突き付けられた鈍く光る短剣がそれを物語っていた。
「そうそう、大人しくしてりゃすぐに気持ち良くしてやるよ 」
舌を出した男の顔が私の首元に近づく。 ヤダ…… 光ちゃん!
ギュッと目を閉じて幼馴染みの名前を叫んだその時だった。
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