第4話
結局翔子と光は、あまり眠れずに一夜を過ごした。 火を起こしたはいいが、二人とも野宿は初体験。 空腹と喉の渇き。 土の上に直接寝転がる寝心地の悪さ。 いつ野生動物に襲われるかという恐怖。 二人は夜の間火を絶やさぬよう交代で見張って、交代で休もうと決めたのだが、ウトウトするだけで眠るまでには至らなかった。
「行こう、光ちゃん 」
翔子は夜も明けきらないうちに雑木林へと足を踏み入れた。 光も辺りを警戒しながら翔子の後に続く。 空腹はピークを越えればある程度我慢できたが、喉の渇きは我慢できなかったのだ。 少しだけでも水が飲みたい…… 耐え難い喉の渇きは二人を焦らせていた。
日が登るにつれて雑木林の中も次第に明るくなってくる。 気が付けば二人は、入ってきた方向が分からなくなるほどまで奥に進んでいた。
「光ちゃん、これ…… 」
翔子は一本の木に手を当てて光を呼ぶ。 体の太さほどのその木は、幹の部分がくさび状にえぐられていた。 大分古そうなものだが、斧か何かで切り倒そうとした跡がある。
「なんだこれ、伐採するつもりだったのか? 」
二人が周囲を見渡すと、雑木林の中に一本の林道を見つけた。 木を斬り倒して作った道…… 切り株が点々と残っていて、明らかに人の手が入ったものだ。
「そうだよね? 近くに人がいる証拠だよね!? 」
翔子の目が輝き始める。 水や食糧を分けてくれるかもしれない…… そんな期待の目だ。
「でもさ翔子、あんまり期待しない方がいいんじゃないか? ここの切り株だって結構古そうだし、草だって踏み倒された跡がない 」
光は至って冷静だった。 確かに人の手が入っているが、最近踏み入った形跡が見当たらない。
「だってもう限界だよ! 人は水分取らないと死んじゃうんだよ!? 」
光だって喉はカラカラ…… 翔子の八つ当たりに近い言い方にも拘わらず、光の応対は柔らかかった。
「頑張って水探そうな。 湖が見えてたんだ、もしかしたらこの森にその湖に流れ込んでる川があるかもしれないだろ? 」
「そんなの≪イシュタルの空≫には書いてなかったよ! 」
「全ては書ききれないだろ? 小説には書いてなくても探せばあるかもしれない 」
「…… わかってる。 わかってるけど! 」
「愚痴ならいくらでも聞くから。 でもその分足を動かそうぜ 」
光は辺りを見回しながら作られた道を進み始めた。 翔子もムスッとした顔で大人しく後を追いかける。
「…… ごめん、光ちゃんだって喉渇いてるよね…… 」
「せっかくお前が憧れた世界に来れたんだ、楽しく行こうぜ 」
光は上を見上げながらどんどんと先を進んでいく。
「ん? なんだあれ…… 」
光が指差した木の上には、リンゴのような赤い木の実がいくつも連なっていた。
「リンゴか!? 」
光はその木に駆け寄っていきなりジャンプする。
「おわっ! 」
気張ってジャンプして木を遥かに飛び越えてしまったが、上手く木の上に着地して木の実が生っている枝までスルスルと降りてきた。
「翔子! リンゴ見つけたぞー! 」
光はその木の実を一つもぎ取り口に運ぶ。
「光ちゃん! ダメー!! 」
「へ? 」
翔子は光が飛び移った木に慌てて駆け寄り、青ざめた顔で叫ぶ。
「それはリンゴじゃない! 食べたら死んじゃう!! 」
大口を開けてかじりつこうとした光がピタッと止まった。
「ブナップルって果物よ! それを食べれるのは耐性を持った鳥だけなの! 」
「…… マジか…… 」
「マジよ! 早く捨てて降りてきて! 」
光は名残惜しそうにブナップルを投げ捨てる。 ガックリうなだれる光に、翔子は『早く!』と捲し立てた。
「光ちゃん早く! ヤバい!! 」
言われるがままに光は木から飛び降りた。 翔子は光の手を取って逃げるようにその場から走り出す。 ブナップルは毒を持つだけではないことを翔子は知っていたのだ。
「どうしたんだよ? 」
「ブナップルがあるってことは、ガルーダが近くにいるのよ! 鷲の何倍も大きい奴! 人間も食べられちゃう! 」
そう翔子が言った途端、二人の頭の上からバサッと羽音がした。 翔子と光は立ち止まって恐る恐る空を見上げる。
「マジかよ…… 」
木の隙間から猛禽類っぽい鳥が二人の上空を旋回しているのが見えた。 かなり上空を飛んでいるようだが、視界に入る木との比率が明らかにおかしく、広げた翼は3メートルを越えている。 元々鳥が苦手な光はその巨体を見て青ざめ、今度は光が翔子を引っ張るように切り株の道を駆け出した。
「ちょっ! 速すぎ! 」
無理矢理引っ張られる翔子は、光のスピードについていけず足がもつれ始める。 盛り上がった木の根に足を引っ掛けて、翔子は頭から地面に突っ込みそうになった。
「きゃあっ! 」
叫び声を上げた翔子を、光はすかさず翔子の腰に腕を回して抱え上げる。
「ひぁっ! ちょっ…… 光ちゃん!! 」
「鳥! とり! &#@!○&!! 」
光は何を言ってるのか分からないほどパニックになり、脇目も振らず全力で雑木林を走り抜ける。 脇に抱える荷物みたいに翔子は抱えられ、猛スピードで流れる木々にびびって体を丸くしていた。 ガルーダは二人を追ってくることはなかったが、二人はそれを確認する余裕もなくただその場から走り去ったのだった。
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