第3話

 ファーランド王国最強と言われるようになったミナミを待っていたのは、国民からの称賛の声と貴族からの妬みの目だった。 ファーランド国王にとても気に入られたミナミは、城の一等客室に身を置くよう国王直々に命じられる。 服を新調し、国王の晩餐に毎日同席し、その扱いはまるで国王の娘のようだった。 ミナミはそんな待遇を望んではいなかったが、国王直々の命を無下にすることも出来ず受け入れる。 そんなミナミを、国王のお気に入りになろうと必死にせめぎあっていた貴族達がおもしろく思う筈がなかった。




「自分がここにいては国が荒れてしまうと考えたミナミは、そこで元の世界に戻る決断をするのよ 」


 赤く染まり始めた空を見上げながらゆっくりと草原を歩く。 ≪イシュタルの空≫の話をすると、つい時間が経つのを忘れてしまう。


「…… ごめん、飽きてない? 」


 大人しく聞いている光ちゃんが心配になって聞いてみる。


「いや全然。 その貴族ってのは、中世ヨーロッパの貴族みたいなもんなのか? 」


「イメージはそんな感じ。 性格は時代劇の…… あれ、何て言ったっけ? 」


「お主も悪よのう越前屋、フハハハ…… 」


「そう、それそれ! 」


 可笑しくて話が弾み、雑木林が目の前に見えてくる頃には太陽もほとんど沈んでしまっていた。 辺りは薄暗く、このまま雑木林に足を踏み入れていいものか迷う。


「どうする? 」


 光ちゃんもなんとなく怪しい雰囲気を感じ取ったみたい。


「うん…… 小説には狼みたいな狂暴な野生動物の事も書かれていたし、ここから先は明日にした方がいいかもしれない 」


「了解。 んじゃ火を起こせるもの探すか 」


 そう言うと雑木林の中に足を踏み入れた。 適当に落ちている枯れ枝を手にしては脇に抱え、数十本集めて帰ってくる。 次に両手に抱えられるくらいの落ち葉と、草原に戻って枯れ草を少し。


「お! いいモン見つけた 」


 手にしていたのは平べったい硬そうな石。 何に使うんだろ……


「まあ見てろって 」


 得意そうな顔を向けると、平べったい石2つを力強く擦っていく。 ゴリゴリと破片を飛ばしながら石は削れ、どんどん先端が尖っていく。


「うし、出来た 」


 満足げに眺めたその石は、旧石器時代のナイフのように仕上がっていた。 その石ナイフを使って枯れ枝に切り込みを入れ、それを円錐状に立てる。 今度は落ち葉や枯れ草を敷いた上で、皮を剥いだ枝同士を力強く擦り始めた。


「そんなんで火を起こせるの? 」


 光ちゃんは黙々と枯れ枝を擦り合わせる。 するとその合わせ面が徐々に黒くなり、やがて焦げるような匂いがしてきた。


「へぇー…… 」


 擦れた木クズがたまって赤い点を作り出す。 それが枯れ草に落ちて一筋の煙を上げ始めた。 すかさず落ち葉や枯れ草を被せ、両手で持って優しく息を吹き掛けたその時──



  ボッ!



 何度か息を吹き掛けた後に、煙が小さな炎に変わった。 


「あちち…… 」


 熱いと言いながらも、光ちゃんは慌てることなくその火種を円錐状に立てた枯れ枝の真ん中に入れた。 細かく切れ目を入れた枯れ枝はすぐに引火して燃え上がり、よくイメージに沸く焚き火の形になった。 こんな原始的な火起こし法で上手いものだ。


「凄い! あっという間に火がおきちゃった 」


「このバカ力なら出来ると思ったんだよ。 普通の力なら汗だくになっても無理だったろうな 」


 光ちゃんは自慢もせずに集めてきた枯れ枝をくべる。


「頼りになるね。 さすが男の子って感じ 」


 ちょっと照れてニコッとする光ちゃんが可愛く見える。 火起こしに見とれていて気付かなかったけど、辺りはもう真っ暗になっていた。


「…… お腹空いたね 」


 火を見ると急にお腹が空いてきた。 それと、今はまだ我慢出来るけど喉も渇いている。


「翔子、この辺に川って流れてないのか? 」


 光ちゃんも水が飲みたいらしい。 私は腕組みをして懸命に小説の文章を思い出す。


(川…… 水…… 水分…… )


 そう言えばミナミもこの世界に来たばかりの頃に、水分たっぷりの果実を採って飢えを凌いでたっけ。 あれの場所の記述あったかなぁ……


「川は湖に流れてる大きいのが森の中にある筈だけど、ここからはまだ遠いと思う。 水分なら果物があると思うんだけど…… 」


 雑木林の枝を目を凝らして見てみたけど、暗いせいもあってよく分からない。 見る限りはこの辺にはなさそう…… それともうひとつ大事な問題に気付いた。


「光ちゃん…… おトイレどうしよう…… 」


 恥ずかしい話だけど大事なことだ。 水分を摂っていないせいかまだと思わないけど、大きい方も小さい方もきっと時間の問題だと思う。


「あ…… オレはいいかもしれないけど…… 」


「エッチ。 今余計なこと考えたでしょ 」


「し、仕方ねぇだろ。 でも女はやっぱり大変だよな 」


 大変ではないけれど、男から見ればそう思うのかもしれない。 とりあえずスカートのポケットにティッシュとハンカチはある。 大事に使わないと…… そういえば男の子って、した・・後は先っぽ拭くのかな?


「お前も今なんか想像しただろ。 顔赤くなってるぞ? 」


 バレた……


「…… 仕方ないじゃない、わかんないんだもん 」

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