第2章

第11話 推しの妹と騎士の影に隠れるファン

「やらせるものか!」


 ガラスの飛び込んですぐ、目の前に彫刻のような端正な顔立ちのイケメンが目に入って来た。お姉様とミオを呼んだ少女と仲間だろうと決めたからだ。

 しかし放った拳は軽々と止められ、地面に勢いよく叩きつけられてしまった。


「あなたは誰ですか? 向こうの世界から来たということは地球人ですか?」

「そうだ! 俺はミオさんの救世主だ!」


 頭だけ上げ、イケメンに向けて言葉を放つ。

 しかしその言葉を聞いているはずなのに、イケメンは特に表情を変えずにミオを引きずり込んだ少女に向けて「殺しますか?」とこれまた良い声で言い放った。


「そうね、地球人は愚かで醜い生き物よ。始末して――」


 始末と言う言葉に出雲は心臓が高鳴ったのを感じる。

 地球で、しかも日本で生きている時に死と言う言葉は遠い存在だ。しかし、パラトピアではその死が常に存在していることを忘れていた。

 首筋に当てられるイケメンの白銀の剣がとても冷たい。まさに死への入り口に立たされているかのようだ。


「かしこまりました。では、醜い地球人――さようなら」

「お前は声までイケメンかよ」


 最後の言葉がイケメンを憎む言葉でいいのかと自身でも情けないと思うが、それもまたいいだろう。次はミオさんに釣り合うイケメンがいいと思い、瞳を閉じた。

 しかし待てど首を斬り落とされることはなかった。不思議だと思った出雲が恐る恐る目を開けると、イケメンの腕をミオが掴んでいる姿がそこにあったのだ。


「私の救世主を殺させないわ。出雲はヘリスから国を取り戻すために必要なのよ」


 ミオに蹴落とされたのか、イケメンが剣を鞘にしまって後方に下がった。

 その様子を見ていた少女は額に青筋を浮かべ、ミオに向けて「お姉様!」と声を上げながら詰め寄ったのである。


「どうして昔から私の邪魔ばかりするの! お姉様だって、地球人は愚かな生き物だって言っていたじゃないですか! どうして!」


 涙を目に貯め、服を掴んで怒っているようだ。

 少女の悲痛な叫びが部屋中に木霊している。静かに立ち上がった出雲は、チャンスとばかりに部屋を見渡すと、奥にある窓からは海が見え、部屋の右端には一人用の安っぽいベットが置かれている。左側には小さなタンスに木製の机が隣接するように置かれていた。


「ここはどこなんだ?」


 言い合っている二人を尻目に小さく呟くと、側にいつの間にか立っていたイケメンが「ルナ様の部屋ですよ」と耳うちで教えてくれた。


「きゅ、急に耳の側で喋るなよ! 気持ち悪いだろ!」

「いいじゃないですか。あなたはミオ様の救世主というのなら、話は別ですからね」


 態度が百八十度変わって怖すぎる。

 しかしミオはただの反乱軍の一員なのだろうか。言葉一つで横にいるイケメンの態度が変わるなんておかしい。ただのVTuberで今は異世界人。そんな認識だったのに、目の前にいるミオという人間が出雲には分からなくなっていた。


「イケメンさ、ミオさんってどんな人なの? ただの反乱軍の一員じゃないよな?」


 顔を見ずに話しかけると、イケメンが含み笑いをし始めた。

 普段ならムカツク行動だが、なぜかイケメンがすると格好良い。様になり過ぎている。出雲がするといつも瑠璃に叩かれているが、イケメンだと絵になっていた。


「ミオ様はオーレリア王国の騎士でしたよ。その剣技と魔法を用いて国の繁栄に貢献をした英雄です。そして、声を上げて発狂をしているのは、私が使えているルナ・オーレリア様でヘリス様の妹君です」


 開いた口が塞がらない。

 まさか騎士として国に貢献する程の英雄だったなんて。

 そんな人の力をもらってしまったなんて罪悪感が凄まじいが、思いを託されたのだから悩むことは推しへの裏切りになってしまう。


「ルナって女の子が王族で、ミオさんは王族じゃないってこと?」

「ええ、そうです。ミオ様が戦う姿を見ていたルナ様が勝手に呼んでいるだけです。国をヘリス様に奪われ、地位を追われた現在でさえ、慕っているようです」

「そうなんだ。ていうか、お前は誰なんだ? ただのイケメンじゃないよな?」


 出雲の言葉にイケメンは再度含み笑いをしている。

 様になっているのが相変わらずムカつく。数秒間経過後に、イケメンが静かに口を開いた。


「ルナ様の専任騎士、ユーリ・フォールンです」

「専任騎士? そんな言葉聞いたことないけど」

「地球にはない言葉かもしれないですね。パラトピアは魔法が発展した世界です。世界の在り方やルールが違いますから、王族専任の騎士という存在があってもおかしくはないですよ」

「そうなんだ。隣り合う世界だから、似たような感じかと思ってたよ」


 その出雲の言葉にユーリは苦笑をし始める。

 どうして笑うのかとイラっとしてイケメンの顔を殴りたいと思うが、そんなことをしたらルナと呼ばれているお姫様に殺されてしまうので、止めておくことにする。


「例え隣り合っていたとしても、世界の在り方が違うんですから。違うのは当たり前ですよ」

「それもそうだな」


 苦笑されながら訂正されるのが凄いムカつくが、敵陣にいるので逆らう心を頑張って鎮めることに成功した。

 イケメンであるユーリによってパラトピアを少し知れた出雲は、未だに言い合っているミオとルナの二人を見る。お姉様と呼んでいるから慕っていると思っていたが、結構辛辣な言葉を浴びせていることに驚いてしまう。


「お姉様は昔からそうです! 一人で抱えて、一人で解決しようとします! バカです…‥‥圧倒的なバカです!」

「バカバカうるさいわよ! 私はあんたを守りたいと思ったの! ヘリスに目を付けられたら、あいつは身内でさえ殺すのよ!? 遠ざけて守りたいと思うじゃない!」


 ミオはルナに何度も胸元を叩かれている。

 リズミカルに叩かれていることにより、リズミカルに揺れる胸に視線が吸い寄せられてしまう。魅惑の双丘に魅了されていると、横に立っているユーリが小さな声で「欲望に忠実ですね」と耳うちしてきた。


「男だから仕方ないだろう。お前は見ないのか?」

「ふふふ、私は専任騎士ですからね。しかもルナ様はスタイルが凄く良いですが、お年が十四歳ですから、そういう目で見れませんよ」


 どうやら男としての本能は持ち合わせているらしい。

 一つ一つの行動で、男色だったら怖いと思っていたがそうでもないようだ。ただ守る対象というところだろうか。そんなことを思っていたら、ユーリが衝撃の発言をし始める。


「私はルナ様があと四歳お年を取ったら、告白をするつもりです」

「今なんて言った?」


 聞き間違いであってほしい。

 イケメンなユーリの発言は明らかに、年を取ったら狙いますと宣言をしていた。これがもし出雲が発した発言であったのなら、即刻通報されて逮捕されていたはずだ。しかしイケメンは違う。犯罪的な発言であっても純愛に聞こえてしまう。


「十八歳にルナ様がなられたら、告白すると言ったんですよ。それまで何も起こらないようにお側でお守りをしなければなりません」

「そ、そうか。きっとイケメンなユーリなら守れるさ」


 今度は出雲が苦笑をしながらイケメンのことをユーリと呼び捨てにして、揺れるミオの双丘を改めて見ることにした。

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