第8話 推しと日常ハプニング

 ミオと沙羅が家で暮らし始めてから三日――出雲は寝れない日々が続いていた。

 推しが家にいることで至福の日々が来るかと思っていたが、実際はプライベートな姿を見ることやバスタオル一枚で廊下を歩く姿を見て失血死してしまいそうだ。しかし死ねない。推しのプライベートをもっと見なければならない。


「今日も寝れなかった……あの扉の先にある部屋でミオさんが寝ているだなんて、少し前だと想像できなかったな」


 ベットに横になりながら、鼻にティッシュを詰めていく。目を閉じると、昨夜に見たバスタオル姿で廊下を歩いていたミオと沙羅を思い出してしまう。

 濡れたバスタオルから見えた二人の身体の曲線美や、湿った髪と火照っていた顔が美しかった。写真に撮って自慢して回りたいくらいだが、そんなことをしたら即刻殺されてしまうだろうからやめておくことにする。


「想像したらおっと……トイレに行くか」


家にはトイレが二階と一階に一つずつ、計二つある。二階のトイレはミオ達が、一階のトイレを出雲が使う決まりとなっている。奮い立つ獣を鎮めるため一階のトイレにのそのそと移動をし、ドアを開けるとそこには椅子に座って用を足しているミオがいたのである。


「どどどどど、どうしてここにいるんですか!?」


 目に移ったのはパンツを下ろし、綺麗な脚をさらけ出して便器に座っている姿だ。

 その姿は美しいとしか言えない。変哲もないトイレの一室が楽園だと思い違いをしてしまうほど、輝いて見える。大きな瞳で何度もパチパチと瞬きしているミオからチョロチョロと何かが流れる音が、楽園をより一層彩っているようだ。


「あ、あのね……ここ……二階のトイレだよ……」


 俯いて顔を赤らめているようだ。

 両手でピンク色のパンツを引き上げ、勢いよくミオは立ち上がる。そして、流れるように右拳で出雲の顔面を殴りつけた。


「ついに痴漢をしたわね! これまで何もしてこないことがおかしいと思ったわ! この日、この時を狙っていたのね!」

「い、いや、待ってください……」

「待たないわ! 下着姿を見られて黙っていられるものですか!」


 床に倒れている出雲に対して鋭い拳が放たれるが、その攻撃は横から出てきた沙羅によって防がれてしまう。


「これ以上は駄目ですよ。殺すつもりですか?」


 拳を掴んでいる沙羅の手が震えている。

 骨が軋む音が出雲の耳に入ると、ハッとした顔で「申し訳ありません!」とミオが謝った。


「出雲君に覗かれたと思って、つい……」

「ついで、協力者を殺すのですか?」

「そんなことはしません……感情的になり過ぎました……」

 淡々と発せられる沙羅の言葉を聞いていると、ふと首を傾けて視線を上に向けた。すると、綺麗な純白の美しい下着が視界に入る。

 沙羅さんは綺麗な下着を履いているようだな。ミオさんとは違い、清楚過ぎる。怒られて涙目になっている姿も美しいが、また違ったジャンルが違う美しさだ。


「美しさの中に気品を感じる――」


 つい言葉に出してしまったその言葉を、沙羅は聞き逃さなかった。


「何を見ているんですか? 私の下着を見て楽しいですか?」

「い、いえ、つい見えちゃっただけなんです! 本当です!」


 真顔なのに怒っているように見える。

 それだけ下着を見られたのが嫌だったのだと思うが、それでもそこまで怒らなくてもと思ってしまう。だが、それを言葉にはしない。次言葉にしたら確実に殺されると確信してしまうほどに、沙羅の目からハイライトが消えているからだ。


「覚悟してくださいね。変態な行為は許しません」

「あ、優しくしてください」


 その言葉を最後に出雲の意識は途切れた。

 目が覚めた時に何故か横にいた瑠璃に話を聞くと、どうやら顔面を沙羅に踏みつけられたようで、鼻血を流しながらなぜか笑顔のまま気を失っていたらしい。沙羅が気持ち悪いといいながら自室に戻ったと、ミオから教えてもらったようだ。


「一時間くらい廊下で気絶していたみたいよ。でもどうしてトイレを覗いたりしたの? 推しって言っていたミオさんにそんなことするとは思えないんだけど」


手を差し伸べながら瑠璃が聞いてくる。

どうして覗いたのか気になっているようだ。ここは本当のことを言うのがいいと思い、手を掴んで立ち上がりながら事実を言うことにする。


「ミオと日下さんは二階のトイレを使う約束なんだけど、ここは一階でしょ? だから俺は覗いていないし、間違ったのはミオさんの方なんだよ」

「確かに、ここは一階のトイレね。多分寝ぼけていたミオさんが間違えたのね」


 どうやらミオは納得してくれたようだ。

 これで汚名返上されればいいが、ミオと沙羅はもう少しかかるだろう。瑠璃から話してくれればありがたいが、そう簡単にいくわけがない。


「まさか間違えていたのがミオさんなのに、こんなに怒られるなんてな。推しと一緒に暮らすのも大変だ」


 頬を軽く掻きながら愚痴を漏らしてしまうが、瑠璃の「それを望んだんでしょ」と言う言葉を聞いてハッとした顔をしてしまう。


「確かに、推しと一緒に暮らすと言ったのは俺だ。これくらいでへこたれちゃ駄目だよな!」

「そうよ。出雲は何度打ちのめされても立ち上がって、戦い続けるのがいいんだから。昔だって――」


何か瑠璃が昔話をしようとしているが、今はそれどころじゃない。早くミオと沙羅に謝って、関係を戻す必要がある。


「昔話はまた聞くよ! 昔の俺をまた教えてくれよな!」

「ちょ、ちょっと! また話を聞かないで突っ走る!」


 前を向きながら手を振って階段を駆け上がる。

 出雲の部屋の前にミオと沙羅の部屋が隣り合う形で存在している。大きさは八畳程度なので、物を置き過ぎなければ普通に生活をする分には困らないはずだ。


「ここがミオさんの部屋か。初めて入るけど、どんな部屋なんだろうな」


 高鳴る心臓の鼓動を感じつつ、静かに部屋の扉をノックしたが返事がない。確かに部屋にいるはずなのに何も音がないことにおかしいと感じ、謝りつつ扉をあけた。

 すると、何やら机周りを見ながら唸っている姿が目に入った。

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