第7話 推しが幼馴染といる光景

 暖かい温もりを感じて目を開けると、そこに天国だった。なぜかというと、自室に推しがいたからである。しかも、推しが瑠璃と話していることが衝撃的だ。

 魔力を使えなければ姿を見れないはずなのに、普通に話している。一体どういうことだろうか。


「あ、あの……瑠璃さん……」


 ベットに仰向けになりながら、首を傾けて声をかけた。

 するとその声に反応をした瑠璃が目を見開いて驚いてしまうが、瞬時に移動をして出雲の腹部を触り始めてしまう。


「目が覚めてよかった! き、傷は!? 傷は大丈夫!?」

「そんなに触らなくて平気だよ。多分ミオさん達が治してくれたんでしょ?」


 心配してくれている瑠璃の顔を見ると、目に涙を溜めて泣きそうな表情をしている。どうしたら泣かないでくれるか考えても分からない。

 号泣間近な瑠璃を見ている出雲に対して、カレーを食べている沙羅が「ミオと共に治療をしました」と食べながら教えてくれた。


「そうよ! 日下さんも手伝ってくれなければ、出雲君は死んでいたのかもしれません。私を助けてくれて嬉しかったですが、自分の身体も大切にしてね」

「その通りです。あなたはミオの協力者ですし、救世主と呼ばれています。その命を大切にしなければ、私が殺しますよ?」

「は、はい! もうしません!」


 丁寧な言葉遣いをしているのに、どこか威圧感を感じる。それほどまでに怒っているということだろう。だが、怒られて当然だ。

 ミオの言葉を無視して攻撃を受けてしまった事実は変わらない。推しに救世主と言われたり、会えたことで調子に乗っていたのかもしれない。一度推しのお願いを引き受けたのなら、最後までやり通さなければ推し失格だ。


「それでいいです。ミオの言葉を聞き、世界を救ってください」

「はい! 推しの力になれることは至高の幸せです! 誠心誠意頑張りますので、よろしくお願いします!」


 痛む身体を推してベットに座り、美味しそうにカレーを食べているミオと沙羅に改めて頑張るというが、その言葉は瑠璃のカレーの美味しさに掻き消されてしまう。


「瑠璃ちゃんでしたっけ? このカレーという食べ物はとても美味しいです」

「そうですよね沙羅さん! 初めて食べました! VTuberとして活動している中で、この世界のことは沢山学びましたが、食べたの初めてです!」


 出雲の分を残すという考えは微塵もないようで、二人は頬張りながら一生懸命に食べているようだ。瑠璃の料理は本当に美味しい。そのことを知っている出雲は「俺も食べる!」と言いながらミオの横に素早く移動した。


「瑠璃! 俺のカレーは!?」

「あ、う、うん。まだ残ってるから、ゆっくり食べてね」


 出雲のカレーに対する気持ちが強すぎたのか、圧倒されてしまう瑠璃。その二人を見ていたミオは口からカレーを吹き出して笑っていた。


「ははははは! 出雲君面白い!」

「そ、そうですかね……ていうか、出雲君って」

「ダメだったー? 君っていう呼び名は失礼だし、命の恩人だからちゃんと呼ぼうと思ったの」

「あ、ありがとうございます。嬉しいです……」


 出雲は財布から五万円を引き抜き、ミオに差し出す。


「認知してくれたお礼です!」

「だーからいらないって! お金は大切にして! 瑠璃ちゃんからも言ってよ!」


 一連の出雲の動作に対して目を点にして見ていた瑠璃は、ミオに話かけられてハッとした表情をした。


「な、何をしてるの?」

「推しに認知してもらえたり、返答をもらうとお金を投げるんだよ。アップスターだとスターコインに変換して投げるんだけど、現実だから現金で渡そうと思ってさ」

「ごめん。言っている意味が分からないや」

「簡単に言うと、推しにお金をあげるんだ!」

「もう私の救世主なんだから、そういうことは止めること! 前に言ったでしょ!?」

「認知されたことや、カレーを吹き出したのを見たからお金を渡さないとと!」


 瑠璃は出雲の言葉を聞き、お金を財布に戻した。

 その速度はミオにも認識できないほどに速く、目を見開いて驚いているようだ。だが、それ以上に沙羅の方が驚いている。


「ほぅ……出雲は狂っているが、幼馴染の瑠璃は常識があるようですね。ミオのVTuberとしての人気が仇になりましたか?」

「すみません……」

「いや、そのままでいいですよ。あなたが資金を調達してくれるのは助かっています。これまで以上に精進するようにしてください」

「はい! だけど出雲君は私にお金はダメよ! 瑠璃ちゃんも一緒に見張って!」

「分かりました! ちゃんと適切にお金を使わせるようにします!」


 なぜかミオと瑠璃に意味不明な絆が生まれていた。

 沙羅はその様子を見て「地球人は面白いですね」とどこからか取り出したであろうカップに紅茶を注いで飲んでいるようだ。


「やはり紅茶は最高ですね。あ、コントは終わりましたか?」


 コントという言葉に出雲は「コントじゃないですよ!?」と声を上げるが、沙羅は信じられないようだ。


「コントのようですが、まあいいです。これからよろしくお願いしますね」

「はい! よろしくお願いします!」


 沙羅とも挨拶を終えた出雲は、瑠璃からカレーをもらい食べ始めた。

 やはり美味しい。例え満腹であっても別腹が実際に存在するかのように食べられる。それだけ瑠璃の料理は美味しい。さながら魔法でもかかっているかのようだ。


「美味しい! 美味しい! 瑠璃のご飯は最高!」


 泣きながら食べ進める。

 どれだけ食べても胃袋に入るし、入った瞬間に消化されて満腹感が襲ってこない。それだけ胃が瑠璃に捕まれているが、出雲はそれに気付かずにこれまで料理を食べ続けている。


「そういえば、お二人はこれからどうするですか?」


 瑠璃が優雅に寛いでいる二人に話かけると沙羅が「ここにいます」と言った。


「ここにいてくれるんですか!?」

「今はこちらで戦力を整えないといけませんし、ミオの配信のことを考えないといけませんからね」


 推しが現実世界にいてくれることは嬉しいが、こちらの世界でどのように生活をするのだろうか。出雲はできることがあるのか考えるが、答えは出てこない。

 しかし、力になれることはある。配信をするための家を探したり、部屋を貸すこともできる。出雲は推しの力になるべく、ミオに話しかけることにした。


「あの、この世界で暮らしたり配信をするのなら、この家を貸しますよ」

「い、いいの!? 借りていいの!?」

「はい! 推しに家を使ってもらえるなんて至福です!」

「馬鹿言ってないの! そう簡単に家を貸すなんて駄目だよ」


 軽く頭部を瑠璃に叩かれてしまう。

 だが、それで止まる出雲ではない。せっかく推しであるミオが困っているのだ、力になるしか道はない。


「だけどこっちの世界での拠点も必要でしょ? 親も帰ってこないし、部屋も使わないと使い物にならなくなるからさ。ミオさんと日下さんがよければだけど」


 いつもの下心を出すことなく使ってほしいという気持ちを伝えると、数秒間の沈黙の後に沙羅が「使わせてもらいます」と真顔で返答をしてくれた。

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