第6話 推しの上司は幼馴染と出会う

「出雲ー? どこに行ったのー?」


 部屋に座ってどこかに行った出雲を探しているようだ。

 五分も経過していないのに姿を消すなんておかしいと、しきりに呟いている。今まで経験をしてこなかったことに、どう対処をしていいのか分からない。瑠璃はパソコンの前に設置してある椅子に座った。


「あのバカ出雲はどこに行ったのよ……せっかくお米を持ってきてあげたのに」


 溜息をついていると、突然ディスプレイが光り輝いた。


「な、なに!? ディスプレイが急に光り出した!?」


 突然の事に戸惑いを隠せない瑠璃は、椅子から立ち上がり部屋の隅に移動をしてしまう。そして輝き出してから数秒後、ディスプレイから出雲達が吐き出されるような形で飛び出してきた。


「い、出雲!? どうしてディスプレイからっていうか、一緒にいる女の人はどういうことなの!?」


 床に着地した日下、椅子を倒す形で床に落下したミオ。そしてベットに力なく倒れている出雲。それぞれの形で地球に戻って来たのだが、問題が発生してしまう。

 それは、パラトピアに行ったことを幼馴染である瑠璃に見られてしまったことだ。


「ここは……あなたは誰ですか?」


 日下が静かに立ち上がりながら瑠璃に話しかける。


「誰というか、それを聞きたいのはこちらの方ですよ。突然ディスプレイから出てきて、一体どういうことですか?」

「それもそうね。こちらの世界の人には衝撃的でしょうけど、私はこの世界と隣り合う世界、パラトピアに住んでいる日下沙羅と申します」

「あ、ご丁寧にありがとうございます……」

「信じられないっていう顔をしていますね? ですが、ディスプレイから出てくる姿を見ていたのなら信じるしかないと思いますが」


 瑠璃は「そうですね」と言い、ベットに倒れている出雲の側に近寄った。どうやら倒れて動かないことが気になったようで、何度か身体を揺さぶっている。


「出雲! 出雲! 大丈夫!?」

「うぅぅ……瑠璃か……どうしてここに……」

「ここは出雲の部屋だよ! ていうか怪我してるの!? 大丈夫!?」

「傷が痛い……斬られて血が……」


 瑠璃が慌てて出雲を仰向けにすると、身体を斜めに斬られて血が大量に出ているのを見てしまう。


「ち、血が! 誰にやられたの!?」


 血が流れ続けることに焦っている瑠璃だが、その様子を見た沙羅が「どいて!」と声を上げながら二人の間に入った。


「これは危険な状態だわ、早く治さないと! ミオ!」

「はい! すぐに!」


 沙羅に呼ばれたミオはベットに上り、出雲の腹部に手を置いた。


「出雲君は死なせないわ! 私が選んだ救世主なんだから!」

「私も部下のお礼を言っていないわ。もっと気合を入れなさいミオ!」

「はい!」


 瑠璃の存在などなかったかのように出雲の治療を始めていた。

 呼吸を整えた二人は両手を淡い緑色に光らせ、出雲の身体を淡く光らせる。瑠璃の耳には次第にビキビキという聞いたこともない音が入ってくるが、これは傷を治している音なのかと思うしかなかった。


「あ、あの! あの!」


 いくら呼んでも沙羅とミオから返答はない。声が聞こえていないのかと瑠璃は思うが、治療に集中しているから邪魔をしてはいけないと思ったようだ。


「私にできることは……あれしかない!」


 瑠璃は何を思ったのか持ってきたお米にカレーをかけ始めた。


「出雲死なないでよ! 治ったらカレーあるから!」


 涙を流しながら四人分のカレーを、一皿ずつ丁寧に美味しくなるように祈っていく。嗚咽を漏らしている瑠璃とは違い、沙羅とミオは必死な形相をしていた。少しでも気を抜けば出雲は死んでしまう。それほどまでに流れる血の量が多すぎる。

 五分か十分か、短くとも長く感じる時間が経過後「終了よ」という日下の冷静な声が部屋に響いた。


「治療は完了したわ。後は彼の気力次第よ」

「手伝っていただきありがとうございます。私一人では無理でした」

「いいのよ。部下であるあなたが選んだ救世主なんだから、手を貸すのは当り前よ。それにしても、あなたの力を受け取ったのに何も拒絶反応がないのが不思議ね」

「きっと、推しからのプレゼントだって思っているからだと思います」

「推しね、あなたの活動も良い面があったのね」


 沙羅とミオが話している姿を瑠璃は呆然と見ているしかなった。


「あ、あの……」


 瑠璃はとりあえず話しかけることにした。


「あなた達はパラトピアから来たって言ってましたけど、出雲とどういう関係なんですか?」


 その言葉にミオが「関係と言われると難しいわね」と顔を傾げて口を尖らせていた。しかし沙羅は「協力関係よ」とバッサリ言い、瑠璃にジリジリと近寄る。


「普通に話してたけど、私達の姿が見えるの?」

「見えるというか、普通にそこにいるじゃないですか。ディスプレイから出てくることが既におかしいですけど、私には二人とも見えていますよ」


 見えている――その言葉にミオは目を見開いて驚いていた。沙羅に関しては既に会話をしているので驚くことはなく、ただ淡々と「あなたも魔力を使えるのね」と言葉を返している。


「魔力って、おとぎ話とかに出てくる空想上のモノですよね? 私が使えるわけないじゃないですか」

「いえ、あなたは魔力を気付かないうちに使っていますよ。今は寝ていますが、協力者が無意識に使っていた魔力を間近で受けていた影響でしょうね」

「私が魔力を?」

「そうです。この地球と言われる世界においても魔力量は人それぞれですが、魔力は誰にでもあります。しかし、扱える術を知らないので意味がありませんが、あなたは違います。協力者の魔力を受けていましたので、無意識に扱っているようですね」


 口を開けて瑠璃は驚いている。

 まさか自分が、おとぎ話に出てくるような魔力を扱っているだなんて思ってもいなかったからだ。しかもその原因が幼馴染の出雲だなんて予想していない。だが、好都合かというかのように瑠璃は口角を上げて微笑している。


「使えるなら使うまで、私も出雲のように協力者にして! 出雲一人に背負わせられないし、もうあんな傷を負ってほしくないわ!」


 瑠璃の必死な言葉を聞き、沙羅が苦笑した。


「あの協力者は羨ましいですね。命を失う恐れがあるのにもかかわらず、ここまで言ってくれる人がいるだなんて。私と契約しましょうか。ミオやあの協力者とは違い、力の譲渡はしません。あなた自身の力を開花させる方向で行きます」

「それでも構いません! よろしくお願いします!」


 出雲が倒れている間にとんでもない話になっている。

 そのことを知るのは数十分後になるのだが、知った際にどう反応をするのか楽しみにしている瑠璃の視線が突き刺さっていることも知らないまま、意識を失っているのであった。

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