第5話 推しを救う力をリスクなしでください

「どこまで逃げるんですか?」

「日下さんと敵に姿が見えなくなるまでよ!」


 二人が必死に逃げていると、目の前に白銀の鎧を纏っている顔に切り傷がある白髪混じりの髪を持つ壮年の男性が立ち塞がった。


「メナス卿……」

「また会いましたな、夜桜ミオ。相変わらずどこか抜けているようで」

「そんなことないわ! 地球から救世主を連れて来たんだから!」


 救世主って誰のことだろう。何の力もない俺がそんな偉大な存在じゃない。ただのちっぽけな推しを推すことしかできない小さな存在だ。


「ヘリス様の邪魔をする存在は消さねばならないな」


 メナスはそう言うと腰から剣を引き抜き、地面を勢いよく蹴ると共に出雲の目の前に瞬時に移動してくる。


「お前が地球人か。申し訳ないが死んでくれ」


 あ、死んだ。俺はこんな場所で何も成し遂げることなく死ぬのか。ミオさんを推していたかったけど、推しの前で死ぬのもまた一興かもしれないな。

 目を閉じて死を覚悟した瞬間「死なせないわ!」と言う言葉と共にミオが目の前に出てきた。


「私を選んでくれた救世主を死なせない!」

「ふん、お前は相変わらず生温い。希望に溺れて死ね」


 メナスは言葉と共にミオに向けて剣を振り下ろした。

 出雲の顔にかかる冷たい鮮血は、この世界の残酷さを思い知らせてくる。力が無ければ死が命を奪う。地球のようにのうのうと生きられない、ルールの違いが目の前に立っている。


「ミ、ミオさん……」

「君が無事でよかった……ぐぅ……に、逃げて……逃げて世界を救って……」


 身体を斜めに斬られたようで、血が止まらない。すぐに応急処置をしなければ死んでしまうと、素人の出雲でも分かるほどだ。

 しかし目の前にいるメナスをどうすればいいのか、力がない無力な推しを推す力しかない少年には何もできない。出雲は自身の無力さを知っているからこそ、死が側に立っていることを感じていた。


「い……ずも君……君に力を……」

「俺に力なんてないですよ! 何もないです!」

「あるわ……私の力を君に託すから、世界を救って……」


 青ざめた顔をしつつ、淡い光を放ちながらミオが抱きしめてくる。


「俺には何も救う力はないですよ! 戦えません!」

「違うわ、君には力がある。何せ私の姿が見えたんだから、魔力を使えるわ。だから、私の力を使って国を救って……」


 淡い光が出雲に移ると、ミオのような人を包み込む優しい温かさが身体の中から湧き上がる感覚を感じる。どうして、どうして俺なのか。ただ推しを推していただけで、推しを失わなければならないのか。

 目の前にいる敵が、ミオさんのいる世界を狂わせた敵がいるからだ。なら、ミオさんのために戦わないと。


「ミオさんありがとう……俺、戦うよ!」


 静かにミオの身体を床に置くと、日下が慌てて近寄って来た。


「まだ息はあるわ! 私に任せて!」

「ありがとうございます。後は俺に任せてください!」

「ありがとう」


 そう言いながら、日下がミオの身体を抱えて後方に下がった。

 横目で辛そうにしている姿を見つつ、眼前にいるメナスを睨みつける。


「お前に何ができる。地球は平和な世界なんだろう? そこでのうのうと生きていればよかったものを」

「俺は無力だ。だけど、推しを守りたい気持ちは本物だ。それをお前は奪った……だから、だから――俺はお前を倒す!」


 両足に力を入れてメナスに向けて駆け出す。

 ミオにもらった力が何なのか分からないが、出来ることはある。それは両手にある拳で殴りつけることだ。


「武器も魔法も持たずにやることはそれか。お前は救世主ではなく、愚か者だったようだな」

「それでもいい! 大切な人を守れない救世主なら、俺の方からお断りだ!」


 メナスの前に移動をし、殴りつけるが軽々と避けられる。目の端で迫る剣が見えたので、屈むが腹部を蹴られて地面を転がってしまう。しかしそれで諦めるわけではない。何度でも立ち上がって一発拳を入れなくてはならない。


「私が剣を振っていれば、既に五回は死んでいる。それでもまだ立ち向かうのか?」

「当たり前だ。俺は推しのために命をかけれる男、来栖出雲だ!」

「そうか。なら、狂ったまま死ね」


 出雲はミオと同じように身体を斜めに斬られてしまった。

 一発殴れなかったことは悔しいが。推しのために命を懸けれたことは、生涯自慢できることだ。ミオを既に日下が助けているはずだから、これでいい。出雲は出来ることをしたと、痛みを我慢して立ち続ける。


「ぬるま湯に浸かっている地球人がやせ我慢をするか。その根性だけは誉めてやろう。だが、次で終わりだ!」


 メナスが言う通りもう一度斬られたら死ぬけど、それでいい。ミオさんが逃げられる時間を稼げたはずだ。俺のちんけな命で推しが助かるなら本望だ。

 小さく笑っていると、後方から「逃げるわよ!」とミオの声が聞こえてくる。とっくに逃げているかと思っていたが、違ったようだ。


「出雲君、無理をさせてごめんね! もう大丈夫だから!」

「み、ミオさん……」

「ゲートを開くから、入って!」


 ミオが戻るためのゲートを開いたようだ。

 初めて見るそれは、青白い扉をして人が一人入るのでちょうどいい大きさに見える。やっと戻れると安堵をするが、メナスなそれを許さない。


「そう簡単に逃がすと思うか?」


 剣を構えたメナスが行く手を阻むが、日下が勢いよ置く剣を振り下ろす。その攻撃は周囲に金属音を響かせながら防がれるが、腰を下げて剣を上部に弾く。

 そして、左足で腹部を蹴ると日下はメナスの周囲に氷の壁を出現させて閉じ込めた。


「今のうちに逃げるわよ!」

「分かりました! 出雲君行くわよ!」

「はい!」


 メナスが氷の壁で動けなくなっている間に、出雲を抱えた日下と共にミオはゲートに入った。


「出雲君もう少しで家に帰れるからね! しっかりして!」

「地球人か、少しは根性があるみたいで見直したわ」


 気絶をしている出雲に対して日下とミオからの見る目が変わったようだが、その言葉が届いていない。


「ミオ、あとであなたには罰を与えなければならないわよ。それを分かってて力を譲渡したのよね?」

「――あの時はそうするしかないと思いました」

「分かっていたのならいいわ。でも、私もあの時は譲渡しかないと思っているから、罰の軽減を進言しようと思っているわ」

「ありがとうございます」


 ミオへの罰が決められていくが、出雲にその声は届かない。

 もしこの場で聞いていたのなら日下へ罵声を浴びせていたのかもしれない。それほどに推しへの愛は重い。


「出雲君ありがとう。もう少しで治療できるからね」


 意識を失い、力なく気絶をしている出雲の髪をミオが撫でる。

 その手や表情は慈愛に溢れ、さながら女神のようだ。もし起きていたら十万円を手渡し、怒られていたのかもしれない。

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