第4話 推しの敵がやってくる

「来てくれてありがとう。急に呼び出してごめんね」

「全然大丈夫ですよ。また戻る時は時間を調節してくれるんですよね?」


 自室に戻った際に確認した時間のことについて、ミオが「多少は調節できるわ」と教えてくれた。


「何時間や数日なんて無理よ。数分か数十分が限界ね」

「そうなんですね。実際はどれくらいいたんですか?」

「あの時は四十分位じゃなかったかしら? 結構調節したのよ」

「ありがとうございます。そのおかげで助かりました」


 さすがミオさんだ。サービスが凄くて助かった。

 そのおかげで瑠璃と鉢合わせしなかったし、こうして今も見られずにいる。次に帰る時も時間を調節してくれると助かるな。


「当然のことをしたまでよ。君の私生活に支障が出て、もう手助けしないと言われたら困るからね」

「そんなこと言いませんよ。俺にとってはミオさんが最優先です。私生活なんて二の次ですよ」

「それはダメよ! 私生活を優先にして! 幼馴染さんもいるんでしょ? 大切にしてあげて」

「ミオさんが言うのなら、そうします。ただすぐには無理なので、徐々に変えるようにしますね」


 ミオさんが言うのなら仕方ない。瑠璃や私生活のことは本当に二の次だ。今までだって生放送を中心に生活を回してきたのに、急に私生活中心になんて無理だ。

 推しに言わたことを成すには、答えた通り徐々に変えるしかない。


「もうすぐ私の世界――パラトピアに到着するわ」

「パラトピア? 地球じゃないんですか?」


 地球と隣り合う世界なら地球という名前だと出雲は考えていた。

 しかし、夜桜ミオから発せられた世界の名前は違う。そこに何か、世界に関する違いがあるのかもしれない。


「君の世界は科学を元に発展した世界よね。VTuberやスマートフォンにパソコンとか、科学があったから成り立つ技術なはずよ。だけど、私の世界は違うの。魔法を元にした魔科学が基本よ。魔法があって成り立つ世界、それがパラトピアなの」


 やっぱり魔法があった。地球に魔法があればいいのに、まさか隣り合うもう一つの世界にあるだなんて不幸過ぎる。


「その魔法がある世界で戦う力なんて、俺にはないですよ?」

「いや、君にはあるわよ。私を見える力があるって言ったわよね?」

「そりゃ推しですから、見れますよ」

「そうじゃなくて! 現実世界で私を見れたわよね?」

「はい。ちゃんとハッキリくっきり見れました」


 その言葉に夜桜ミオが頷く。

 一挙手一投足が可愛いが、今はそっちに気を囚われてはいけない。


「私の姿は現実世界で見れなくて、魔力がある人だけが認識できるの。だから、私の姿を見れた君には魔力があるはずよ」

「俺に魔力があるんですか?」

「そうよ。君の世界には魔法を元にした創作物が多いから、無意識に魔力を使っているのかもしれないわ。例えば鍛冶場の馬鹿力と言われるのとか、第六感とかね。科学で証明できないのは魔力によるものが多いのかもしれないわね」


 無意識にか。特段意識したことはないけど、推しを見たいというので魔力を使っていたのかもしれないな。だけどそれで世界を救うことにどう繋がるのだろう。戦闘技術がない俺には戦う術なんてないが。

 戦うことへの不安を感じつつ暗い空間から出ると、そこは少し前に降り立った草原だった。


「またここか」

「そうよ。今はここしか来れないし、ここ以外は戦闘エリアで危険なの」


 そう言いながらミオが目を細めてどこかを見ている。

 草原の先に何かあるのか、誰かが来るのか分からないが、どうやら小さく「早く来なさいよ」と呟いているので誰かと待ち合わせをしていたのは間違いないだろう。


「誰かを待っているんですか?」

「ここで私の上司と会う約束をしていたんだけど……約束の時間ピッタリになっても来ていないだなんておかしいわ……」


 周囲を見渡して焦っているようだ。確かにここまで来ないというのなら、時間に厳しい人なのだろう。その人が来ないとなれば焦るのも無理はない。


「ミオさんは――」

「来た! 日下さん!」


 ミオが手を振る先には、腰まで伸びている栗色の髪と彫刻のような整った顔を持つ美人としか言えない女性が静かに歩いてくる姿が見えた。

 しかしどこかおかしい。唇は噛みしめ、両手は力強く握っているように見える。仲間であるミオさんに会うのに、そこまで緊張感を持つだろうか。だとしたら、敵しかない。


「止まれ! そこからこっちに来るな!」


 突然来るなと叫んだ出雲に対して、ミオが目を見開いて驚いている。


「な、何を言っているの! 日下さんは上司よ!? 味方なの!」

「違う。日下っていう人の後ろに誰かいるはずだ」

「後ろって、そんな人見えないけど? ドラマの見過ぎよ!」


 来るなと言って何も言ってこないのはおかしい、やはり何かあるはずだ。見つけてほしいのか、分からない。ただ、普通じゃないことだけは分かる。


「止まれと言っても返答がないのはおかしいですよ。日下さんの表情や手を見てください」


 ミオは出雲に言われた通り、表情や手を凝視し始める。


「特にいつものと変わらない気がするわ」

「よく見てください。唇を噛みしめて、手を強く握り締めています。あれは誰かに従わされていると思えませんか?」

「言われてみればそう見えるけど……だとしたら、危険よ。私達の存在が敵側に知られていることになるわ!」


 敵って誰だ。そこも教えてもらわなくては動きようがない。

 戦うということは命を懸けることだ。こんな場所で死んでしまったら、もうミオさんを推すことができなくなってしまう。

 そんなことは駄目だ。俺は死ぬまで夜桜ミオを推すと決めているんだ。


「まだ聞いていなかったけど、敵って誰ですか? そこを教えてください」

「そうね、まだ言ってなかったわ。敵はパラトピアを統一しているオーレリア王国の第二王子、ヘリス・オーレリア様よ!」

「どうして王族が敵なんですか!? 反乱者を捕まえる立場じゃないんですか?」

「普通はそうよね。だけど、ヘリス様が現国王であるルスラ様を刺して重傷を負わせたの。そして、秘密裏に私設部隊を整えていたようで、国を奪ったのよ」

「第二王子で王になれないから、力づくで奪ったってところですか。そして、第一王子と共に国を取り戻すために戦っているって感じですか?」

「その通りよ。そして日下さんは、私の所属してる独立部隊の部隊長をしているの。もう一つの世界から協力者を呼び寄せて、戦況を変える作戦の考案者でもあるわ」


 結構大胆なことを考える人なんだな。しかし部隊長まで上り詰めた人を従えるほどに強い人がいるのか。だとしたら、力がない俺には勝てない。見れる限り日下という人の背後には誰もいなさそうだが、この広大な草原で隠れる場所があるのだろうか。

 ミオと話していると日下が急に立ち止まり、右手を上げで何やら魔法らしきモノを空に放った。


「い、今何をしたんですか!?」

「あれは仲間に現在位置を教えたのかもしれないわ! 君の言っていた通り、従わされているのかも!」


 言わんこっちゃない。やっぱり日下という人は脅されて従わされているようだ。

 これで第二王子の側に居場所がバレてしまったが、どう対処をすればいいのだろうか。ミオさんに指示を仰ぐしかない。


「ミオさんどうすれ――」

「逃げなさい! ヘリスの部下が来るわ!」


 またしてもミオへの相談を遮られてしまった。しかし日下さんが逃げろと叫んだということは、味方と見ていいはずだ。さすがに敵だったら死ぬしか道がなかった。

 とりあえず、日下さんの指示に従うしかこの場からのがれる。


「日下さん! 私達はどうしたらいいですか!」

「だから早く逃げなさい!」


 逃げろ以外を言わない。それだけ危険ということだから、ここは素直に従う方が賢明だな。


「逃げましょう! 日下さんの言う通りにすれば平気だから!」

「で、でもどこに逃げるんですか!?」

「反対側しかないわ! とりあえず逃げれば大丈夫よ!」


 特にミオには考えもないようで、手を握られて引っ張られる形で逃げ始める。

 柔らかい。ただただ柔らかい。マシュマロのようにぷにぷにで、掴まれている手から全身に至福の気持ちを出雲は感じていた。

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