忘れられた朝顔『朝顔』『タイムカプセル』『泉』
「こう君何見てるの?」
俺の脇から舞がひょっこりと頭を出して、手元を覗き込んでくる。
どこからともなく表れた舞に驚き、紙を二枚に畳む。
「なんで畳んじゃうのさ!」
「いや、驚かせるなよ……」
俺は、現状を飲み込んで再び紙を開く。
そこには、地図のようなものが描かれている。
「この前、実家から送られてきたんだ、お前の部屋からこんな紙があったぞって」
「へー、宝の地図? みたいだね」
舞はそう言いながら、興味ありげに紙を覗いてくる。
「多分、小学生のころに埋めたタイムカプセルのありかなんだとは思うから、今度掘り返しに行こうかと思ってるんだ」
なんとなく、懐かしい思い出を感じられるような予感を覚えていたため、俺はそう思っていた。
「ね、私も連れて行ってよ」
「何にも面白いものなんてないと思うぞ?」
「いいからいいから」
俺の言葉に耳も貸さず、舞は興味深々だ。
「最近、優香ねえに似てきたな」
俺は、小さな声でそう呟き、紙を再び折り畳んだ。
「それじゃあ、明後日にでも行こう、そんなに遠くないから日帰りで帰って来れるぞ」
「分かった、準備しておくね」
「ここが、あの地図に書いてあった場所?」
「そう、俺と数人の友達が見つけた秘密の泉だ」
ここは、俺の実家の側にある山のふもとにある小さな泉だ。
「綺麗な泉だね……斧投げ入れたら女神様が出てきそう……」
「ははは、良い例えだ」
俺は、そう舞の言葉に笑いながら、車に積んできたスコップを取り出した。
「それで掘り起こすの?」
「ああ、俺が描いた地図曰く、そこそこ深くまで埋めたらしいからな」
俺は地図に乗っ取って、泉の側に生えている大木、そこの根本にスコップを突き立てた。
「それにしても、どうしてこう君はタイムカプセルなんて埋めたの?」
舞は、俺がせっせと穴を掘るのを見つめながら、そう聞いてきた。
「なんでだろうな? もう覚えてないよ、なんせ10年以上前のことだしな」
一度手を止め、少し思い返してみるも、正直検討がつかなかった。
将来の自分に何かを残したかったのか、それとも友達がやると言ったからそれに乗ったのか……。
「そうなんだ……変わろうか?」
「大丈夫、自分でやるよ」
舞が気遣ってくれたが、さすがに女性に肉体労働を任せるほど体力が無いわけではない。
第一、これは私事なのだ、他人にやらせるのは気が引ける。
そこからしばらく掘っていると、スコップの先が、何か硬い物を叩き、金属音を響かせた。
「お、あったな」
俺はスコップを置いて、素手で土を退かす。
何か面白いものが入っていないかと、ほんの少しだけ期待しながら、手早くアルミの四角い缶を掘り出した。
「これが、こう君のタイムカプセル?」
「そ、多分、その辺を掘り返したら、俺の友達のも出てくるんじゃないかな?」
そう言いなが、俺は缶についた土を払い、地面に置く。
「何が入ってるのかな」
舞は、なんだったら俺よりわくわくしている様子で、俺が蓋を開けるのを待っている。
そんな舞を横目に、俺は缶を開けた。
ベキベキと不快な音を立てながら開いたその缶の中には、そこまで何かが詰まっていたわけではなかった。
「うーん、手紙と変な石、それにこれは……何かの種?」
俺より先に舞が中の物を取り出していく。
舞が言ったもののほかに、指輪のようなアクセサリー、友達と撮った写真など、頭の片隅に残っている記憶を微かに記憶を蘇らせてくれた。
「その種は、多分朝顔の種だよ」
「朝顔?」
俺は、缶の中の物を眺めながらぽつぽつと話す。
「小2かな? それぐらいの時に学校で朝顔を育てたんだ、その時、誰の朝顔が一番綺麗にツタが伸びて花が咲いたか、みたいなコンテストを夏休み中にやったんだよ」
「ほうほう」
舞は、封筒から種を取り出しながら相槌を打つ。
「んで、俺の朝顔が……優勝したから、その花の種、良い花の遺伝子はいい花を咲かせるからな、将来もう一度育てようって思ったんだよ……確か」
俺は舞から封筒を取り上げ、そっと手紙を自分のポッケに仕舞った。
そこからしばらく、俺の思い出を話していたが、さすがに話すネタが尽きてきたため、俺はその場から撤収することにした。
「ねえ、本当に良かったの?」
「何が?」
帰りの車の中、舞は俺に聞いてきた。
「カプセルを埋め直したことだよ、朝顔、育てればよかったのに……せっかくいい思い出を掘り返せたのに」
舞は少し不満げにそう言う。
俺は、車のハンドルを握りながら、俺は軽く笑う。
「思い出なんて、地面に埋まってる方が良いんだよ、楽しかった思い出を懐かしんで、思い出すのも一瞬でいい」
自然とハンドルを握る手に力がこもる。
「そうかな? 思い出は大切にした方がいいと思うけど」
「別に大切にしてないわけじゃないさ……」
できる限り不自然にならないように、俺は言葉を続ける。
「脚色され、美化されたままの方が、自分にとってはいいこともあるってことさ」
なおも舞は不満そうな顔をしていたが、それ以上俺を追求するようなことはしなかった。
その日の夜、俺は自室で、持ち帰った手紙を開いた。
そこには拙い字で、昔の俺の心情が綴られていた。
『みんなしょうたくんのアサガオがきれいだって言っていた。ぼくが育てたアサガオはみんな見てくれなかった。先生はきれいだよって言ってくれたけど、みんなはそうおもわなかったみたい。どうして?しょうたくんのより花の数も多くて、つるも長くのびてるのに、どうしてしょうたくんのアサガオのがきれいなの?
つぎ育てる時は、ぜったいにみんながきれいって言ってくれるアサガオを育てるんだ。だから未来のぼく、がんばってこの花を育ててね。』
「翔太は、クラスの人気者だったからなぁ……俺と違って」
ため息をついた後、俺はその手紙を破って捨てた。
もう俺には必要ない思いだから……。
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