『昼寝』『デイリーミッション』『チョコレート』

「優香ねえ、いつまで寝てるんですか?」


 僕が声をかけると、優香ねえがむくりと体を起こす。


「今何時?」

「ちょうど3時頃かな」


 僕がそう言うと、優香ねえは大きく伸びをして、スマホを手に取る。


「たっちゃん、冷蔵庫に入ってるチョコ出しといて」

「最近いつも食べてますね、このチョコ」


 大学に行ってるときは知らないが、優香ねえが家にいる時は最近常に食べているように見える。


「まあね、それを食べるのが、私のデイリーミッションなの」


 ソファーで寝ていたため、乱れた髪を手櫛で直し、服を整える。

 もうすぐ30になる女性が、そんな恰好で寝ているのはどうかと思いますよ?


 そんなことを思いながら、チョコを机の上に置くと、優香ねえはにやにやしながら席につく。


「私が寝ている間に、何かイタズラでもした?」

「してませんよ」


 僕は、右から左に優香ねえの言葉を聞き流しながら、自分で飲むようの紅茶を入れる。


「ちぇー、たっちゃんは舞一筋だから、私の体に魅力は感じないかー」

「なんでそうゆう言い方するんですか」


 優香ねえのそのセリフに少し罪悪感を覚え、お湯の中で踊る茶葉へと視線を移す。


「なーんでいまだに私は結婚できないのかなー」

「そんな怠惰な生活してるからじゃないですか?」


 お酒と昼寝が大好きな優香ねえ、悪い人ではないがモテるのかと聞かれると、うんとは答えにくい。


「職場じゃこんなにダラダラしてないわよ」


 優香ねえは不満げにそう言いながら、皿に乗った五つの小さな四角いチョコを一つ、口に放り込む。


「じゃあお酒止めたらどうですか?」

「無理、酒は私の彼氏だから」

「そうゆうとこですよ……」


 僕は大きくため息をついて、紅茶をティーカップに注ぐ。

 すると、鼻先をくすぐる甘いピーチの香りが辺りに広まる。


「だからこうしてチョコ食べてるんでしょうよ」


 優香ねえは、ズイっと僕の前にチョコを突き出してから自分の口に含む。


「チョコがお酒と何か関係あるんですか?」

「ポリフェノールは、酒臭さを消してくれるらしいし、カカオは女性の魅力を引き立て、痩せさせてくれる……らしい」


 チョコってそんなに便利な機能あったっけ……。


「酒臭さはまだしも、優香ねえが痩せる必要あります?」

「もっとこう、舞みたいにシュっとしようかなぁって」


 僕は、そう言った優香ねえのことを見てみるが、別にふっくらしている印象は受けない。

 むしろ、舞さんより大きな胸としっかりとした腰回りは、健康そうでいいと思うが……。


「……なんかエロい目で見られた気がする」

「僕は舞さん一筋なんでそんなことないですね、ええ、ないですとも」


 僕は、慌ててそうごまかすと、優香ねえは吹き出して笑った。


「分かってる分かってる、やっぱりたっちゃんをいじるのは面白いな~」


 優香ねえは、腹を抱えてゲラゲラと笑い転げている。

 今度は僕が不満げな顔をする番だった。


「おかげでもう一つのデイリーミッションが達成できたよ」


 笑いを必死に抑えながら、優香ねえは最後の一粒のチョコを口に放る。


「まだ優香ねえのデイリーミッションが残っていたんですか?」

「うん」


 僕が、紅茶を飲み干すとともに、優香ねえはもう一つのデイリーミッションの内容を明かした。


「たっちゃんをからかうこと」


 そう言って、優香ねえは再び笑い転げ、僕は大きなため息をついた。

 しかし、そんな幸せそうな優香ねえを見て、少しだけ僕は幸せを感じた。


 路頭に迷っていた僕を、このシェアハウスに入れてくれたこのお姉さんが、僕で笑ってくれて、少しでも幸せになってくれるなら万々歳だ。

 

 これで、僕のデイリーミッションも果たされた、一日一回、優香ねえを笑わせるという僕のデイリーミッションも。

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