江戸時代のスプレー缶『カニ』『スプレー』『ゲームセンター』


「カニ食べたい!」

「なに!?」


 優香ねえの唐突な叫びに私は驚き、スマホを机の上に落とす。


「あ、ごめん舞、驚かせちゃった?」

「急に大きな声出すから……」


 私は、落としたスマホを心配しながらそう返事をした。


「それで、なんで急にカニ食べたいなんて言いだしたの?」


 傷がないことに安堵した私は、優香ねえにそう聞き返す。


「うーん、なんでだろう、急に食べたくなった」


 えー、ほんっと気まぐれだなぁ。


「じゃあ、今日の晩御飯はカニ鍋にしようか、今日はかなり冷え込むみたいだし」


 私は、ため息をつきながら、そう計画を立てる。


「さーんせーい、じゃあ、さっそく買いにいこ」

「調子いいんだから」


 私たちはそう言った後、支度を整え、近所の大型スーパーへと車を走らせた。




「あれ、こんなゲームセンターあったっけ?」


 優香ねえが、スーパーの隣の建物に視線を向けて、足を止めた。


「一か月ぐらい前にできたみたいだよ、でも悪い子たちのたまり場になったみたいで、治安はそんなに良くないみたいだけど……」


 私がそう説明すると、優香ねえはニヤッと口元を緩めた。

 うわ、いやな予感がする……。


「悪い子、か……ねえ、ちょっと行ってみない?」


 やっぱりー。

 私は大げさにため息をついて、答える。


「はいはい、ちょっとだけね」


 優香ねえに振り回されるのはいつものことで慣れっこだ。

 特に急ぎの用もないので、優香ねえのわがままに付き合うことにした。




「思ったより地味ね」

「そんなこと言わないの」


 優香ねえはそんなことを呟きながら、クレーンゲームの方へと向かって行く。

 私も、辺りをキョロキョロ見ながら優香ねえの方へ歩いていく。


 ゲームセンターの中はやや薄暗く、クレーン、リズム、レース、シューティング、スロットのコーナーがある、優香ねえは地味と言ったが、十分大きいし、騒音が激しい。

 ところどころに、中高生らしき子たちがまばらに見える。


 しばらく優香ねえと私は、ゲームセンターで遊んでいた、クレーンゲームで散財し、シューティングでそのストレスを晴らす、最後に優香ねえはスロットのコーナーに向かった。


「おー懐かしー、忍者伝説の4号台じゃーん」


 優香ねえはスロットコーナーの一番奥にある、紫っぽい色をして、忍者や侍など、江戸そこらの日本をイメージするキャラクターと部隊が画面に映っている台に座った。

 座って、上のグラフのようなものをちらっと見て、口元を緩めた。


「優香ねえギャンブルするの? 止めなよ、良いことないよ?」


 私は、そういって優香ねえを止める。

 優香ねえはにやにやしながら私の頭をポンポンと叩く。


「舞はいい子だなぁ、でも、今回は大丈夫だよ」


 そういって、優香ねえは台の隣にあるメダル販売機に1000円を入れる、するとカップにじゃらじゃらと銀色のメダルが入っていく。

 優香ねえは慣れた手つきでメダルを台に入れていき、左手でレバーを下ろし、三枚のロールが回転を始めると、画面の映像がやたら派手なものに変わる。


「やった読み通り、まさか一発目で来るとは思わなかったけど」


 優香ねえは上機嫌にその演出を見つめる。

 私は、何が起こってるいるのか分からず、ただ黙って画面を見つめる。

 そうしていると、画面の中の忍者が手裏剣を投げ、右左中の順に的に当たった。

 優香ねえはその映像を見た後、同じように右左中とボタンを押すと、スプレー缶のような絵柄が三枚そろった。


「ひゃー、こりゃ一発あるな!」

「優香ねえおじさん臭いよ……」


 私は半分呆れながら、優香ねえを見守り続ける。

 その後画面の演出は、『決闘タイム!』の文字と、キャラクターが一対一で向き合う画面になり、勝手にロールが回り始める。


「さあ、こっからは運勝負! 三分の一!」


 優香ねえの気合と同時に、画面のキャラクターが刀を振りかぶると同時に、『押せ!』というメッセージが映し出される。

 優香ねえは目を輝かせて左のボタンを押すと7でロールが止まり、再び『押せ!」の文字、押すとまた7でロールが止まる。


「おお凄い、あと一つだよ優香ねえ!」


 全くギャンブルには詳しくないが、スロットで7が三つ揃うと大当たりなことぐらい知っている。

 優香ねえは、すごく真剣な顔で画面を見つめている。

 画面の中のキャラクターが気合たっぷりの声で刀を振りかぶり、『押せ!』の文字が表示される。

 これを押したら当たるんだなと私は思ったのだが、優香ねえがボタンを押して現れた絵柄は、ベルだった。


「ああー残念、揃わなかったね」


 私はそう言って優香ねえの肩を叩くが、優香ねえは人差し指を左右に揺らし、レバーを下ろす。

 まるで「まあ見てなって」そう言われている気分だった。

 

 直後、画面の中のキャラクターがスプレー缶を取り出し、辺りに振りまいた。


「ほい来た! 三分の一当たり!」


 優香ねえは大喜びでボタンを三つ押すと、777と揃う。


「うーん、やっぱこの台はスプレー缶引かないと揃わないのよね~」


 そんな風に優香ねえは笑いながら、精算ボタンを押した。

 すると、台の下からじゃらじゃらと大量のメダルが流れ出てくる。


「うわーすごい量」


 ちょっと引き気味に私が言うと、優香ねえはそのメダルをカップに詰め始める。


「このメダルどうするの? 別にこれは換金できる物じゃなくて、メダルゲーム用のだよ?」


 本当に換金できる奴が、こんなゲームセンターに置いてある訳がない。


「うーん、その変で遊んでる子供たちにでも配ってくるよ……よいしょっと」


 その後、優香ねえはカップ五杯分にもなるメダルを、メダルゲームで遊ぶ子供たちに配って回っていた。

 その中には、明らかにガラの悪そうな少年少女のグループもあった、だけど優香ねえは、そんな子たちにも平等にコインを配っていた。




「あーすっかり夕方になっちゃったね」


 優香ねえは、伸びをしながらそう言って車目指して歩き始めた。


「ねえ、なんで優香ねえは、明らかに悪い子そうな子たちのグループにもメダルを上たの? あのゲームセンターの治安を悪くしてるのって、ああゆう子たちだよ?」


 そんな子たちに遊べる道具を渡してしまったら、いつまでもあの店から出ていかない、他の客にも迷惑をかけてしまうかもしれない。


「……悪い子って、何だろうね、舞?」

「え?」


 急に優香ねえが真剣な声で そう私に聞いてきた。


「それは……物を壊したりとか、騒いだりとか、人に迷惑をかけたりとか?」

「じゃあ舞は、あの子たちがそうゆう風にしているところを見たの?」


 畳みかけるように、優香ねえは私に問う。

 私は、少し動揺しながら首を振る。


「じゃあ、なんであの子たちが悪い子だと思ったの?」

「見た目が……」

「じゃあ、舞はなんでスロットの絵にスプレー缶が出たとき、何も言わなかったの? あのスロットの作品は江戸、江戸時代にスプレー缶なんておかしくない?」


 なんだか、今日の優香ねえはとても怖い……。


「おかしいとは思ったけど……」


 私は、優香ねえの一言一言が怖くて、自然と声が震えた。


「スロットではおかしいと思っても言わないのに、なんで人だと、見た目が少しおかしいだけで悪い子になるの?」


 その言葉に、私は反応できなかった。

 反応できず、ただ口をもごつかせて、目を下に伏せていた。


「舞の言ってることはよくわかる、実際あの子たちは悪い子なのかもしれない……」


 優香ねえは遠くを見つめながら、言葉を続ける。


「でも、私の目には普通の子供たちに見えた、ちょっと奇抜なカッコをするのが好きな、普通の学生に見えた」


 優香ねえの声は、いつもの優しい声に戻っていた。


「スロットと一緒、どんなに変な見た目でも当たればいい、あの子たちがどんなカッコをしていても、人道を外れたようなことをしなければ、それは当たりへの布石に過ぎない」


 私は、優香ねえの言葉を聞いて、小さく頷いた。

 優香ねえは、やっぱり凄い、私の知らない世界を知っていて、私に足りない考えをくれる。


「結局、最後が幸せなら、どんな道を進んだっていのよ」

「そう……なのかな、そうなのかも」


 私は、まだ完全に納得できたわけではないが、いったん受け入れて、そう相槌を打った。


「じゃあ帰ろっか、こう君とたっちゃんたちも、もうじき帰ってくるだろうしさ」


 優香ねえはそういって車に乗り込んだ。

 私も、頷いて車に乗り込むと、駐車場を後にした。





「なー、この鍋、なんか物足りなくない? なんで肉がこんだけしか入ってないの?」


 晩御飯に、こう君は鍋をつつきながらそうぼやく。


「そうねー、なーんか忘れてるような……」


 優香ねえも便乗してそう言いながら白菜を食べる。


「買い物行ったはずだから、材料は……」


 私は、自分の呟きに違和感を覚える。

 買い物……行ってなくない?


「「あ、カニ……」」


 私と優香ねえの声が重なった。


「「カニ買うの忘れたー!」」


 たっちゃんとこう君は、そんな私たちの嘆きを見て、大きく笑い転げていた。

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