第4話
イシイが見せてくれたタブレットには、一人の男性がホームレスと思しき老人につきまとい、あれこれ話しかけている動画が表示されていた。さらにその男性は、ホームレスの住居と思しきテントを破壊し始めた。哄笑とともに。
画面の端にたびたび見切れながらテントをまくり上げ、中のものを蹴散らしている男は、確かに昼間、イチハラが見つけた死体の人物だった。
イシイは、皆に説明を始めた。
「あの死んだ人な、実は有名な迷惑系ユーチューバーやったんや。それで、昔はかなりえげつないこともしていて、それで炎上してリアルでの嫌がらせがひどくて地球におられんようになって、それで火星に逃げてきたんやて」
「ええー。そんな人間が、なんでセンターマーズのど真ん中のホテルに泊まれんの?」
「こういう動画に、『投げ銭』って言って、お金を渡す人がおるから。だから、お金はめっちゃ持ってんねん」
「はぁ~!?」
「何それ!?」
「そういうのを『面白い』って言って、お金を渡すことで自分自身の鬱憤晴らしをする人がいるんよ。ほかにも、街を歩いている女性にセクハラ発言をしてリアクションを撮るとか、子供をいきなり怒鳴りつけるとか、空き家に泥棒に入るとか、あとは猫の虐待動画なんかも」
「まァ、ひどい」
猫好きのノムラが怒りを露わにする。
「ただ、天然猫だと動物愛護法に引っかかるから、対象は主に猫ロボットだったみたい。そんで『ただの機械相手にキレてる奴、ばーか』とか煽ってPV稼ぎしていたらしいねん」
「機械じゃないわよ! 家族だわよ!」
ノムラがアオスジを立てて絶叫する。ほかの火星婦の面々もうんうんと頷いて追従する。
「そんな奴殺されて、当然ね」
「ざまあみろだワ」
しかし、イチハラは逆に冷静さを保ち、たしなめる。
「そういうことを言うもんじゃないわよ。いくらひどいことをした人間だって、殺されていいってことじゃないわよ」
「っていうか、あたしが見たニュース記事だと、死因は頭部の一撃、頭を一発強く殴られたことで、殺すつもりはなかったんじゃないか、って見方もあるって」
「殴るだけにしても、殺そうとしたにしても、どっちにしても恨まれていたってことに変わりないじゃない。あたいもそんな奴、殴ってやりたい」
「もう死んでるし」
「え、待って待って。じゃあさ、そもそも事件と事故、両方の可能性があるんじゃない? 頭をぶつけるって、何かの事故の可能性もあるでしょう?」
「事故だったら、普通そばにいる人が助けるんじゃない?」
「そばに誰もいなかったら……?」
「じゃあ、何でゴミと一緒に流されたの? ああいう人だから、事故にあったのを見つけて、助けたくないなぁって思ったにしても、わざわざ捨てないでしょう?」
「なんにしても、あたし、だんぜん犯人の味方だわ!」
「ていうか、イチハラさん、見たんでしょ? 死体、どんなだったの?」
いきなり話を振られて戸惑うイチハラだったが、必死に記憶をたどる。
「……ゴミまみれだったし、びっくりしたからはっきりおぼえてはいないけど、確かに頭に血みたいなものはついていたかもしれないわねぇ……」
「ほかに、外傷は? 争った跡は?」
いきなり刑事ドラマのような質問をされて戸惑うイチハラだったが、一応は記憶を振り絞ってみる。しかし頭に浮かぶのは、ゴミに塗れたみじめな姿だけだった。
「そうは言っても、ゴミと一緒に二時間も流されてきたら……」
「二時間?」
「ああ、警察でいろいろ聞かれたときに、死亡推定時刻は、発見する二時間くらい前だって……」
「え、待って待って、それが分かっていたら、死体を放り込んだ場所も特定できるじゃない」
「どういうこと? ゴミの流路なんて、市内のあちこちに分岐しているんだから、無理なんじゃない?」
「だって、人間が丸ごと流れるような太い流路、限られているよ」
「ああ、そっか」
「で、中で物が流れる速度と流されていた時間がわかれば……」
「あ、思いだした!」
ニシカワが突然大声を上げる。
「なに?」
「あたしもここに来たばかりの最初の頃、イチハラさんと同じところで働いてたんだけど、たまに『落としたものがそっちに流れ着いたら、教えてほしい』って届け出があったのよ。中には、『今さっき、ここで落っことしてそのまま流れて行ったから、この後、届いたら教えてほしい』みたいな電話も。たしか、あの時は三時間後くらいに流れ着いてきたような……」
「それ、どの辺?」
イシイがゴミ処理システムのマップを画面に広げて見せる。ニシカワが指し示したポイントを確認し、「じゃあ、人が丸ごと流れるような太い流路で、距離的に三分の二くらいの場所だと……」と、ある工事現場を指し示した。
そこは、一度完成した後で工事に不備が見つかり、基礎工事からやり直しになったセレブ向けの滞在型ホテルで、工事用の囲いが巡らせてあるため人目につきにくい場所だった。
「でも、殺してすぐに流路に入れたとは限らないわよ。どこかに隠しておいて、一時間後ぐらいに放り込んだかも」
「そっか」
「でも、もしも死んだあと、時間が経過してから投げ入れたとしても、この箇所からコンポーネントまでの間のどこか、ってことになる」
「確かに、結構絞り込めたわね」
「……ね、行ってみない」
イチハラが、何かを確信したような顔で言いだした。
「え、こんな時間に?」
皆が時計を見ると、もう三時に近い。
「ちょっと……私、犯人が分かったような気がするの」
「ええっ!」
火星婦たちは、イシイが見当をつけた工事現場まで、紹介所の送迎用自動運転車で向かうことにした。
10人の火星婦がギュウギュウにすし詰めになった自動運転車の中で、イチハラは、自身の推理を他の火星婦たちに説明した。
そうして現場に着き、持ってきた懐中電灯で辺りを照らしたとき――火星婦たちは見つけた!
イチハラの推理の正しさを証明する物的証拠を。
(続き)
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