第2話

「じゃ、アンタが見たときは、ホトケさんはもう死んでて、ゴミと一緒に流れ着いた、と」

「はい」


 不愛想と傲慢と威圧を携えた警官に、イチハラは困惑顔で答える。横にいるマツモトが、警官に負けず劣らずの不機嫌とイライラを持って詰め寄る。


「いつ、再開できるんですかねぇ? 困るんですよ、ずっとここが止まっちゃうと」

「第二処理場があるでしょう?」

「うちの処理ノルマがあるんですよ」

「文句は死体に言ってくださいよ」

「チッ!」

 マツモトは憎々し気に舌打ちしてブルーシートに覆われたソレを見たが、そこからイチハラに視線を移し「アンタ、何だってこんなモン見つけちゃうんだよ」と文句を言う。

「エラー表示が出ましたから……」と、真面目かつ律儀にイチハラが答えると、「いいんだよ、燃えるゴミの方に流しておけば」と少しだけ声を落としてマツモトが言う。聞きとがめた警官がジロリとマツモトを見て、「それ、死体損壊と死体遺棄罪だよ」といさめると、ようやく口を閉じた。


 その後も、イチハラは「署の方で話を聞きたい」と言われて警察署まで行き、今度は二人の刑事に同じ話を繰り返すことになった。

 その間、「なんで火星に来たの?」「給料っていいの?」「女なんだから、選ばなきゃ、地球でも仕事あるでしょ?」等々、かなり不愉快な差別的発言を受け憤慨したが、それらの発言の合間合間に、死亡推定時刻――発見のわずか二時間前だった!――や、被害者の名前、ハイパーマーズ中央部のセレブ専用ホテルに滞在していたことなどを知ることができ、イチハラの旺盛な好奇心は多いに満たされた。


 そうして、半日ほど事情を聴かれたり待たされて薄い茶を飲んだり、また似たような質問に答えたりした挙句、ぽいっと放り出されるようにして解放された。


 まだ火星に来たばかりで右も左もわからないイチハラは、警察署の入り口に用心棒よろしく仁王立ちしている警官に「あのぅ……西側の開発区画にはどうやって行ったらいいんでしょうか?」と聞いてみる。

 胡乱うろんな目を向けた警官は、イチハラの頭から足元までスキャンするようにじろじろと眺めまわして言った。

「火星婦の人? 火星夫/火星婦専用バスは、もう最終が出ちゃったよ」

「ええっ!? だって、私、さっきまで事情聴取で拘束されていたんですよ」

「でも、もう出ちゃったからねぇ。まぁ、歩いても一時間もかからないから。そこの大通りをひたすら真っ直ぐ行けばいいから」

「ええ~」


 イチハラは抗議の声を上げたが、警官に面倒くさそうな顔でしっしっ、と追い払われて仕方なく歩き出した。


「ああ~ァ。ついてないわァ」


 思わず弱音が口から洩れる。

 風が冷たい。日が暮れたせいだけではない。商業施設が密集した中央部から離れれば離れるほど排気熱が少なくなり、気温が下がってくるのだ。さらに、開発区のある西端へ向かうほどに人工灯がだんだんと少なくなっていく風景の変化も、心情的に寒さを感じさせた。


 イチハラは、肩にかけたポリエステル100パーセントの花柄のスカーフの首元をきつく締め直し、関節痛で痛む足を引きずりながらどんどん暗くなっていく方向へ歩き続けた。


 そこで、火星婦は見た!


 暗闇の中、怪しく炯々と輝く二つの小さな光を。


(続く)

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