弐
アウァリティア巡回部隊には寮として公営住宅の一棟が割り当てられている。八階建ての横に長い構造で、要するに約二百の部屋をたった五人で持て余しているというわけだ。その他にも訓練所としての総合運動場や、だだっ広い大学を流用した基地など無駄に広い。それはこんな前線に近い辺境じゃ土地も建物も余りまくってるからで、僕やカシスが通ってる中学だってガラガラだ。
逆に新首都では類を見ないくらいの一極集中が起こっている。新首都に建ってる建物は大体が高層建築物で、それが壁みたいにズラッと並んでいる。その中には全部人だ。街には人がごった返していて、無人の風景なんて瞼を閉じない限りはあり得ない。
人が居ない場所に住める事だけは唯一、現状の誉めるべき点かもしれない。
「先日はご苦労」
と、セインスは机に両肘をついて言った。指を組み合わせ顔に添えて僕を見上げている。場所は執務室。この人は殆どの時間を此処で過ごし部隊長としての雑務や僕達との面談を済ませている。大学の学園長室を流用した静謐な雰囲気の部屋だった。
「やはりお前には魔法少女の才能がある。この後一緒に訓練でもどうだ?」
「それ言われるの嫌だって知ってますよね」
セインスは顔を合わせる度にこの類の巧言を投げてきて僕をウンザリさせる。
「男がそんなこと言われてるのって馬鹿みたいじゃないですか」
「周りの目など気にするな、お前の働きで世界が救われているのは事実だろう?そしてそれは褒められるべき事だ」
「別に周りの目とかじゃなくて。個人的な感情として魔法少女扱いされるのが嫌なんですよ。僕は」
「そうだったか?では気をつけよう」
セインスはあっさりと反省を装って言った。こんなやり取りだって百回以上も繰り返してる。一日ごとで記憶がリセットされてるのかもしれない。そう思わなきゃやってられない。
「ともあれ無事に天敵を討伐できた事は評価に値する事だ。褒めねば仕方あるまい」
「……どうも」
「何か欲しいものはないか?」
「魔法少女を辞める権利とかですかね」
「他には」
即答。思考を経由した様子もなかった。まぁ、当たり前だ。これだって今まで何回か繰り返された無駄なやり取りの一つ、天気の話とかに近い。セインスが僕を真面目な魔法少女にしたがるのと同じくらい僕は魔法少女を辞めたがってる。それをセインスに当て擦りたかった。
「他なんてないです」
「では、レインへの報酬は保留とする」
セインスが台本にでも書いてあったみたいに淡々と言った。
「今までの分で高級車くらい買えるんじゃないですか」
僕は基本的に運が良い人生を送ってきた。その皺寄せが全て魔法少女関連に影響してる、天敵に遭遇する確率だってハッキリ言って異常だ。月に一回くらいの頻度で戦ってる気がする。その度に僕への報酬は保留だ、この世界には素晴らしいものが少なすぎる。
「それにするか?」
「まさか」
「だろうな。何かあったら言ってくれ」
セインスが背もたれに体を預ける。革張りの高そうな椅子だ。
「……帰っても?」
「いや、これからが本題だ」
セインスが机に置いてあったティーカップを口に運ぶ。
「といっても大した話じゃない、イーラ終着駅区に行って貰いたくてな」
「終着駅区ですか」
アウァリティア旧市街と同様に天敵が降ってくる最前線の一つだ。ターミナル駅を中心とした住宅街の跡地で、平家が長閑に並んだ風景は仮に曇り空だろうと心を晴れやかにしてくれる。此処が都会とすればあっちは田舎だ。
要するに、人類が新首都に撤退した今となってはそういう景色の違いくらいしか語るべき事はない。魔法少女が戦争してるだけだ。
「増援に行けと?」
「いや違う。言ってしまえば広報活動の一環だ、気軽な旅行気分で行ってくるといい」
セインスは微笑を浮かべて言った、いつも通りのポーカーフェイス。嘘を言われた事はないが言う通りだった事も少ない。
「護衛に一人つける。具体的な内容は向こうで聞け、命令は以上。何か質問は」
「……誰ですか」
僕が言うとセインスは珍しくハッキリと笑みを浮かべた。
「──カシスだ」
---
瞼を開けるとカーテンの隙間から差す朝日が眩しかった、室内は薄暗い。
セインスに任務を通達された次の日、つまり今日はカシスと二人きり旅行当日だ。寝覚めは最悪に近い。僕は朝日もカシスも大嫌いだ、きっと向こうだって同意見だろう。
「……このまま寝ようかな」
そういう願望を吐き出してから起きて洗面所に向かう、鏡に映る顔はいつもより多少目つきが悪くなってる自分の顔。短い黒髪に、もちろん胸なんて膨らんでない。特別な力は無いし誰かに求められる事もない。
Yシャツにスラックスを履きスーツ、ロングコート状の制服を着込んだ。
集合時刻の五分前、靴を履き扉を開ける。日光は薄暗く閉じられた部屋へ無遠慮に入り込んできて僕の網膜に焼き付いた。思わず目を細めてそれから段々とと慣れてくる。
「「……」」
部屋の前にカシスが立っていた。コンクリートの壁に寄りかかって腕を組み僕を見据えている。整った顔にはヘビの交尾でも見つけたみたいに不愉快な表情が浮かんでいた。
まるで僕が待ち伏せしてたみたいだな、その顔をする権利が有るのは僕の方だ。実際、僕は似たような表情でカシスを見返している。
お互いに黙ったまま数瞬が過ぎた。カシスは何度か口を開きかけた後ようやく声を発した。
「……行くわよ」
「なんで来てんだよ」
僕はすかさず口を挟んだ。彼女は噛み付くくらいの勢いで口を開いて、しかし大きな溜息を吐いてからロートーンな声を出した。
「私だって死ぬほど嫌な気分になってるわよ、セインスに命令されたんだから仕方ないでしょ」
「僕を部屋まで迎えに行けって?」
「そうよ!護衛だから迎えに行けってね。ほんとあんたって女々しいんだから!」
「セインスが勝手にやった事だろ。僕は自分より弱い護衛なんて必要ない」
「はぁ?!このッ──」
カシスがキッと眉を吊り上げた。そして大きく振りかぶった腕を、僕はいつものように掴んで受け止めた。
「一発殴らせなさいよ!オカマレイン!」
「それはこっちのセリフだ、ヘボカシス」
「ッ!!殺す!!へ──」
しかし、カシスが『変貌』と言い切る事は無かった。
横から勢いよく飛んできた平手が彼女の頬を打ったからだ。いつの間にか居た白金色の縦ロールの少女は、カシスを引っ叩いた手を腰に当てとんでもない馬鹿者を見たような目で僕達を見ている。
「言葉もないですわね」
エンゼは赤らんだ唇を動かしてそう言った。彼女は相変わらず白と黒を基調としたゴシック風な服で高貴なお嬢様を気取っていて、正確な身振りで髪を払ってから続けた。
「その愚行に何か思慮があるのなら仰って頂きたいですわ」
「痛ったいわね!このバカを脅そうとしただけよ、バッカじゃないの?!」
カシスは僕に対するのと同じくらいに激昂して詰め寄った。が、きっとその言葉は嘘だ。この状況で殴り返さないのは自分に非が有ると自覚してる以外有り得ない。
エンゼが目を細めてカシスを見返した。
「魔法少女を脅し文句に使おうとしたと?」
「……脅すじゃないわ!驚かす、よ!」
「それ、どっちも変わんないだろ」
僕はあえて口を挟んだ。こんなどうでもいい言い合いに付き合いたくはない、……ていうか脅すって言ってたろ。
「で、エンゼは何か用」
彼女は魔法少女だからここに住んでいる。しかし、八階に住んでるエンゼが朝っぱらから四階に居る理由がわからない。エンゼは幾らか表情を緩めて僕を見た。
「隊長からの指令ですわ。『出立を見送るように』と、案の定でしたわね。貴方も魔法少女としての自覚は有りませんませんの?」
「無いね。魔法少女なんて任務に従わされてるだけの病人だ」
自覚なんて持ちようがない。劇的な不幸に見舞われた凡人で人類に捧げる生贄だ。しかしエンゼは、僕の抗議の言葉に大した反応も示さずに勝手に歩き出していった。
「相変わらずですわね。まぁ、理解しているのならよろしくてよ。電車までお見送り致しますわ」
「ちょっと、話は終わってないわ!謝りなさいよ!」
「ごめんあそばせ」
カシスの食って掛かった騒音に透き通った声でそれは聞こえた。見透かした態度が癪に触る、エンゼと話すと大概そんな気分にさせられる。
それからエレベーター降り、エントランスと駐車場を通り抜けていく。散々突っかかっていたカシスもようやく大人しくなって、無意味な雑談を投げかけて暇潰しを図ったりしてる。
「あんたは任務が何か知ってんの?」
「知りませんわ。増援ではありませんの」
「ふーん」
エンゼの投げやりな返答をカシスは大して興味無さそうに受け取った。まぁ、ここで聞いたところで何かが変わるわけでも無いからな?むしろ碌でもない未来なんて知らない方が幸せは長く続く。だからセインスは内容を伝えないんだろうし、僕もわざわざ聞こうとしなかった。
ただ、こういう話題くらいが暇つぶしには丁度いいのも事実だ。
「なんか広報活動って事らしいけど?」
「なるほど」
僕の言葉にエンゼは一定だった歩調を緩めて僕を見た。微かに口を緩めた不愉快な微笑みを浮かべている。
「でしたらレインが選ばれたワケも理解できますわね」
「はぁ?なんでよ、男なのに」
「だからこそですわ」
「……あぁ」
思わずそういう声が出た。
……なるほどね、つまり多様性とか寛容さみたいな素晴らしい事の為のマスコットにされるわけか。最悪だな。
「レインは特別ですもの」
エンゼは目を細めて僕に追い打ちをかけた。
僕は魔法少女症候群に罹ってる。 大入道雲 @harakiri_girl
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