第12話  ホリさん。


ホリさんって呼ばれていた、鍛冶屋…鉄骨職人がいた。


俺は大工見習で、ホリさんは鍛冶屋。

現場ではいつも一緒に仕事をしているわけではないが、それでも、何度かは一緒の現場で仕事をするときがあった。


ホリさんは、俺が思うに、絶対に他の人とは感覚がずれていた。


死ぬまで、物事を深く考えない。


直感なのか、思い込みなのか…自分の思った言動を貫いた人だった。



当時は、俺の親父が社長で、棟梁。

当然、うちの現場の仕事である。


2代目である俺は、かなり親父の下職から面倒をみられ、良くしてもらっていた。


なかでも、ホリさんは特別に俺に接してくれていた。


職人仲間というより、むしろ、俺には、兄のような感覚でいたのかもしれない…。


ホリさんは、俺の親父の2歳年上、しかも親父とは幼馴染。


俺の親父は、自分の子供の頃の話は、訊いても、決して話してくれなったが、代わりに、ホリさんが良 く、親父の話を、俺に話して聞かせてくれた。


「おめぇの親父はよぅ…俺よりふたつも歳下なのに、身体はでっかくて、乱暴で よぅ…俺なんか、よく、後をくっついて一緒に悪さ、したもんよ…」


「そうなの?」


「おぅよ!ガキん頃、畑行くだろ…そうすっと、うまそうなスイカとか転がって るわけさ…。おめぇの親父がよ、子分みてぇな友達に盗って来い…って言うわ けさ。いや、俺じゃねぇよ…。他のやつに言うんだ…。そこの百姓のぢぢぃが…おめぇ…腰の曲がったぢぢぃのくせに、スイカ泥棒み つけると、えれぇ速さで 追っかけてくるんだ。くわ持ってよぅ…。ほれ…中村んとこの…そうそう…あそこのじぃさんの親父だよ…。まぁ、子分にとっては、根性試しってやつだ な…。捕まえると、ガキでも容赦なく、くわの柄で殴りやがるからな…。頭 にたんこぶ、つくって泣かされ ちゃう。だけど、俺ゃ、すばっしっこいだろ?俺ゃ速 かったんだ…。見つかっても、こう、スイカ、抱えてな…一目散に逃げる。じじぃなんて、メじゃない。んで、おめぇの親父んとこに、戻ってな、みんなで 一緒に割って食うんだけど…」


そこまで話すと、ホリさんは鼻水を手のひらで啜り上げる。


「石で割って食うんだけど、おめぇの親父は真ん中の一番うめぇとこ食って終わり…。後は、俺たちにみんなくれたよ…。いい親父さんだな…」


「え?ホリさんも盗りにいかされたの?子分だったの?」


「馬鹿言うねぇ…おらっちは子分じゃなくて、舎弟だ!」


「変わらないと思うんだけど…」


「でもよぅ…戦争がひどくなる前…中学に入った頃かな?いや、俺は学校な んざいってねぇが、おめぇの親父は賢いから中学に入ったんだ…。そこでよ、学校のやつ らから少しづつ銭を集めてよ、女郎屋へ行くんだ…銭さえありゃ、ガキだって客 さ。チョイの間だけど、おめぇの親父は2回もやっちゃうって 評判だったぜ。… いつだっだっけかな?たしかありゃ、おトリさんの日だったな。女郎屋街で、おんな買いたくて、俺 ゃ、弱そうなやつに因縁ふっかけて、銭、むしろうとしたんだ。したら、そいつの仲間が出てきやがって、囲まれちゃった。こりゃ、殺られて横浜の港に捨てられちゃう かな?ってぇときに、おめぇの親 父が駆けつけてきたんだ…。啖呵一発だよ…。俺の舎弟に文句あるか!!って…顔だったんだ。おめぇの親父はよぅ…。 あいつら、侘びにって親父の懐に銭つっこんで、逃げるように消えてった。その銭で おめぇの親父と俺ゃ、女郎のねぇさんの股ぐらで暖まったってわけよ…。おんなは いいねぇ…最近じゃ、立ちやしねぇが…おめぇの親父はどうよ?」


「どうよ?って…しらないよ…。ってか、うちの親父って…」


(親父は俺に自分のことを話したがらないわけだ…俺には真面目が一番とか口うるさく言っちゃてるくせに…)


俺は心の中で、そう思った…。


「○○ちゃん…(俺の名前ね!)もう、一服は終わりだから、話の続きは次の一 服でね…。○○ちゃんも、おんな好きだろ?そうそう…おれっちの娘が、川崎のソープで働いてるんだ…。うん、俺がそこで働けって進めた… 。だから、一度、行ってやってよ…。おんなはい いよぅ…きもちいい …。はい!サービス券。」


(ホリさん…自分の娘の客引きしないでよ…)




ホリさんは、風俗嬢は女性の最高の職業だと思っている。


「おめぇよ、いっくら、素人娘こましても、男としちゃ、半人前よ。玄人女泣かせて、悦ばせなきゃ、いっちょ前になれないぜ」


話好きのホリさんのことだ…もし、俺がホリさんの娘と、やっちゃたら、絶対に 、ホリさんは自慢げにみんなに話すだろう…。


「○○ちゃんを男にしてやったのは、俺の娘だぜ!」って…。



優待券とピンクで書かれた2枚のチケットを手にし、ホリさんを見た。


足場に上がったホリさんは、俺を見つめ、まるで小さな女の子のように、ペロっと舌 をだし、肩を竦めて微笑んで見せた…。


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