大陸暦1526年――繋がり
「っ……うっ……」
僕はしばらくなにも言えなかった。
嗚咽を漏らしながら泣きじゃくっていた。
そうしていると「どうして」と声が聞こえた。
その声は目の前の少女のものではなかった。
少女でなければ、女性騎士のものだろうと思った。
「どうして、やめなかった。泣くほど後悔しているのならどうして」
それは僕の罪を責めているというよりは、まるで自分に寄り添うような訊きかただった。
僕は涙が溜まった目で部屋の隅にいる女性を見る。
彼女の目は僕を蔑んでいなかった。六人も女性を殺したこの僕を、どうしようもなく醜いこの僕を、まるで憐れむような目で見ている。
「満たされなかったからだよ」
少女がこちらを向いたまま、横に視線だけを動かして言った。
「彼らは生まれたときから、いや、命になったその瞬間から繋がっていた。二人で一つ――それが当然だったんだ。だけどそれは三年前に断ち切られてしまった。彼にとっては生きているだけで、存在しているだけでよかったのに、それだけで彼は幸せだったのに、彼の半身は死んでしまった」
少女がこちらを見る。
「だからといって双子がみな、そういうわけではない。片割れが亡くなると繋がりが断たれた影響からか喪失感を感じるのは確からしいけど、それも数日経てば一人が当り前だったように違和感がなくなる。そう、数十年かけて世界の双子を調べてきた学者は説いている」
「なら……どうして僕は」
いつまでも一人に慣れないんだ。
心の隙間が埋まらないんだ。
満たされないんだ。
「それは君が性質を持っているからだよ」
「せい、しつ……?」
「そう。君は半身に依存する性質を持って生まれたんだ」
生まれついて、メアに、依存している……?
「君という存在は、半身がいることで完成されていた。元から開いていた隙間を、半身が埋めていたんだ。いつまでも喪失感が埋まらないのはそのためだよ」
それ、じゃあ。
「これはもう」
僕は胸を抑える。あのときからぽっかりと空いた隙間に触れるように。
「埋まることはない。だって君は生きていて、半身は死んでいるのだから」
僕は全身から力が抜けるのを感じた。
その事実に打ちのめされるように、項垂れてしまう。
目下にはメアの写真がある。
笑顔の彼女が、僕を見ている。
……そうだ。当り前のことだった。
僕にとってメアは全てで、メアの代わりなんて最初からいなかった。
それは分かっていたことなのに……それなのに僕は寂しくて不安で仕方がなくて、メアを求めてしまった。
二度と手に入らないものを求めて、多くの女性を手にかけてしまった。
「君は馬鹿なことをしたね」
「……そう、ですね。早く気づいていれば……あのとき……メアと一緒に死んでいれば……彼女は……彼女たちは死なずに」
「そうじゃない」
言下に否定されて、僕は項垂れていた頭を上げた。
少女の顔にはこれまでずっと浮かべていた微笑みが消えていた。
「あのとき、一緒に死んだところで意味はなかった」
「意味は、ない?」
「そう。それでは君たちの望みは叶わない」
僕たちの……望み。
「あのとき、君がしなければいけなかったのは、恐怖になど支配されることではなく」少女はポケットに右手を入れた。「強盗が出て行ったらすぐに通報することだった」
僕はそれを見る。メアの写真の上に置かれたそれは……二つの小さな道具だった。
そう。昨夜、そこにいる騎士の女性と、目の前の少女が持っていた魔道具――。
――そこでふいに記憶が蘇った。
「
聞き慣れない単語に、僕はそれを繰り返した。
それは天気のいい日、庭のベンチでメアと二人で過ごしていたときのことだった。
メアは唐突に「
「そう、星と音と書いて
「なにそれ?」
「双子から作られる魔道具よ。それがあれば、双子でなくても私たちみたいに通信ができるの」
「へぇ……じゃあ僕たちからも作れるの?」
「死んだらね」
メアがさらりと物騒なことを口にしたので僕は驚いた。
「死後、数時間以内に
「そう、なんだ」
気が弱い僕は死という言葉が怖くて、その話にあまり興味が持てなかった。
そんな僕の気持ちはメアにも伝わっていたはずだ。それでも彼女は話を続けた。
「双子はね、出生届けが出されたときに
「それなら僕たちも?」
「ううん。お父様が断ったみたい。生まれたばかりで死後の話をするなど縁起が悪いって。そうお母様が言ってた」
僕は少しばかり安堵した。
そう思っている僕にメアは意外なことを言ってきた。
「ねぇオリ、今からでも提供するようにしない?」
「え」
「後から申請しても大丈夫なんだって。お父様は私が説得するから。ね?」
「でも……」
「体なんて見られてもいいじゃない」
聞かれている。僕はどうも通信と思考の切り替えが下手で、メアに思ったことが筒抜けになっていることがあった。
「それも、だけど、死後のことなんて、僕たちに関係なくないかな」
僕たちからそれが作られたからといって、なにになるというのだろうか。
まぁ、人の役には立てるのかもしれないけど……言ってしまえばそれだけだ。
「あるよ」
メアは確信めいた口調で言った。
「私たちは生まれたときからずっと繋がっている。でも、私たちのどちらかが死んだら、その繋がりは断たれてしまう。体が死んだら
メアが僕の両手を手に取る。
「
「ずっと、一緒に」
「そう。ずっと一緒。それってとても素敵なことじゃない?」
そう言ってメアは笑った。
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