大陸暦1526年――尋問の始まり


 尋問室の開かれた鉄扉の横にはマルルが待っていた。

 私を見て状況を把握したのか、小さく礼をしてきたので返礼する。それからマルルに目もくれず中に入っていったラウネに続く。

 尋問室の中に入ると正面に座っている男性と目が合った。薬品店で薬を買っていた顔が整っている気の弱そうな男性だ。彼は俯いたまま視線を上げていたが、すぐに元に戻した。

 背後で重い音がしたので思わず振り返ると鉄扉が閉まっていた。マルルが閉めたのだろう。

 ラウネは鉄扉側の椅子、男性と机を挟んで向かい合わせに座った。私は少し迷ってからラウネの右後ろの壁に背をつける。部屋には書記官や衛兵の姿はない。ラウネは一人で尋問し、尋問調書も自分で書くと本人から聞いたことがある。だから書記官が必要ないのだ。衛兵もいないのは自分の身は自分で守れるからだろう。


「こんにちはー」


 ラウネはいつもの軽い調子で挨拶をした。それに男性は応えなかったが、おずおずと俯いていた頭だけは上げる。その端正な顔にはありありと疲労が表われていた。


「昨日はよく眠れたかなー? いやーその顔だと寝てないかぁ。でもごめんねーこれだけ大きな事件だとー早く事実確認しないとねー多方面から催促がうるさくなるのー。だから予定通り尋問させてもらうよー」


 ラウネの尋問を見るのはこれが初めてなのだが、意外と物腰が柔らかいんだなと思った。学生時代は尋問、ではないけれど相手を追い詰めるときはどこか攻撃的であったから。まあ、それは相手がラウネに対して敵意むき出しだった所為なのもあるだろうが。

 その点、この男性の表情には反抗心も敵意もなにも浮かんでいない。

 ただ、疲労と怯えの色を滲ませているだけだ。

 ……やはり、とても六人も殺した殺人鬼には見えない。


「その前に自己紹介だねぇ。本日ーキミの尋問を担当しますー獄吏官長兼主席尋問官のラウネ・サーザル・サーミルでーす。後ろにいるー素人にふいを突かれた挙句ー眠らされた騎士はーただの見学だから気にしないでねー」


 ちらりと男性がこちらに視線を向けてくる。全くもってその通りなので、弁明もできない。


「それじゃあ次はキミの番だよー。名前と年齢ー言えるかなぁ?」


 男性は少し視線を泳がせたあと、口を開いた。


「……オリ・アポスです。年齢は二十歳」


 二十か。ラウネの予測範囲内だ。


「若く見えるねぇ。童顔なのかなぁ。それとも中性的な顔立ちの所為かなぁ」


 ラウネが角度を変えて無遠慮にオリの顔を眺める。彼は居心地が悪そうに硬く口を結んでいる。


「それでーキミがこの六人を殺したことには間違いないかなー?」


 おそらくマルルが準備したのだろう、すでに机の上に用意されていた資料の中からラウネは写真を抜き取ると、オリの前に並べた。被害者の遺体写真だ。

 私は残された資料に目を向ける。そこにはきちんと被害者の生前の写真も用意されている。それなのにわざわざ遺体写真を選ぶところが、こいつの性根の悪さを表わしている。

 案の定とでも言うべきか、オリは写真を見て表情を強張らせた。そして目を背ける。


「間違い、ありません」

「ほんとにぃ? よく見てごらんよー? もしかしたら違う人が混じってるかもしれないよー?」

「間違い、ないですから」


 半ば、泣きそうな声でオリは答える。

 ラウネは無造作に写真を横にのけると、机に右肘をついた。そして手に顎を乗せる。


「でーなんで殺したのー?」


 その問いから逃げるように、オリは顔を俯かせた。


「動機だよ動機ー彼女らを殺した動機ー」


 しばらく彼は唇を震わせて黙っていたが、やがて押し出すように言葉を口にした。


「……分からない」


 オリの言葉に私は耳を疑った。

 分からない……?

 人を殺した理由が、分からないだと……? 

 そんなこと、あるわけがない。

 人が人を殺すのにも、人が人に殺されるのにも、なにかしらの理由があるはずだ。

 彼が彼女らを選び、薬を飲ませ絞殺した理由があるはずなんだ。

 生まれつきの性質など関係ない、彼のこれまでの人生の中にその行動に至った理由が必ず――。


「レイレイーちょっと黙っててー」


 知らずオリを睨み付けていた私は、ラウネのたしなめるような声に、はっとした。

 もちろん私は思ったことを口に出してはいない。だが、それでも気配には出ていたのだろう。ラウネはそれを読んだのだ。こいつは高位魔道士の素養があるから、気配を読むのも得意なのだ。

 私は静かに深呼吸をして心を落ち着かせる。


「本当に分からないのー?」


 オリが頭を振る。


「……分からない……分からないです」

「嘘だね」


 ラウネの声音が変わった。

 いつもの気の抜けて間延びした声とは全く性質が違う、同じ人間から発声されているとは思えない声。この声は、学生時代にも何度か聞いたことがある。

 その声に驚いたように、オリは俯いたまま視線を上げた。


「君は本当は分かってる。ただ言ったって理解されないと思ってるんだ。どう考えてもじゃないから」


 図星を突かれたようにオリが目を見開く。


「でもその心配はないよ。私も普通じゃない。だから話してごらんよ」


 ラウネは一呼吸を置いて言った。


「君の半身のことを」


 俯いていたオリがばっと顔を上げる。

 ラウネは資料から一枚の写真を取り出すと、彼の前に置いた。

 その写真には、笑っている一人の少女が写っている。

 オリによく似た――いや、そっくりな少女が――。

 それを見たオリの顔がくしゃりと歪む。

 瞳が揺れて、唇が震え出す。


「君の、大好きなお姉さんの話を」


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