大陸暦1526年――普通の人間


「んじゃ、俺はこいつで遊ぶから。お前はまた女でも物色しに行けよ」


 なんにしても、絶体絶命という状況ではあるらしい。

 これはもう確実に殺されるだろうな。しかも、もてあそばれた上で。

 だというのに意外にも気持ちは冷静だった。

 体が眠っている所為で感情が鈍くなっているのだろうか。

 ……いや、同じだな。

 起きていようが寝ていようが同じだ。

 あのときから私は、そうだった。

 あのときから私は、そうなった。

 そう。あのとき、私はってしまったから。

 みんながアレに喰われるのを見たとき。

 私がアレに喰われそうになったとき。

 人間は喰う側でもあり、喰われる側でもあるのだと。

 アレからしたら私は家畜の一匹となんら変わらない。

 特別な人間でもなんでもない。

 ただの――なのだとったのだ。

 だから、これは仕方のないことだ。

 私が命を落とすのは、普通の人間が殺されるのは、家畜が食べられるために殺されるのと同じようなものだ。

 特別な人間ではない限り、人が死ぬ可能性はどこにでも存在している。

 私の場合はそれが十二年も伸びただけに過ぎない。

 それでも動けるのならば私も抵抗はするが、できないものはどうしようもない。

 ……しかし、なんと言うか。

 自分がこういう目に会うとは思いもしなかった。

 つまりは私にも、夜に出歩く女性たちと同じく危機管理というものが欠けていたらしい。人のことを全く言える立場ではなかったということだ。そこは反省だ。

 だが、これで確実に足はついただろ。

 流石のラウネも、私と連絡が取れなくなってほうっておくことはあるまい。どうにかして場所を特定するはずだ。あいつが本気を出せば必ず、ここを突き止めることができる。ただ、それが今日とは限らない。夜遅いし明日にしよーとあいつなら思うかもしれない。

 それは別にいい。

 それまでに自分が生きてるかどうかなんてのは二の次だ。

 これ以上、犠牲を防げるのならばそれで構わない。

 男が近づきおぼろげな視界が動く。私の体を持ち上げようとしているらしい。


「ん、なんだこれ」


 星音しょうおんの感触がなくなる。どうやら気づかれてしまったようだ。

 そこで視界が暗くなっていく。瞼はまだ半分は開いているのに、部屋の明かりを消すかのように景色が黒く染まっていく。思考が、朦朧としてくる。

 また、意識が落ちようとしているのか。

 いや、もしかしたら一時的に半覚醒したこと自体が普通ではなかったのかもしれない。おそらく、背後から襲われたときになにか薬を打たれたのだろう。どのような薬かは分からないが、あまり体にいいものではない気がする。このまま落ちてしまったら二度と目覚められないような、そんな感覚を覚える。

 だとしたら、これが思考できる最後かもしれない。

 そう思うと、なぜか浮かんできたのはラウネの顔だった。

 私の死体を見つけたとき、あいつはどう反応するんだろうなと、そんなことを考えてしまう。

 あららレイレイ死んじゃったのーていつもの調子で言うのだろうか。

 あるいは報酬をもらってないのになに勝手に死んでるのーと憤るだろうか。

 それとも少しは犯人に対して怒ったりしてくれるのだろうか。

 もしそうならば、見てみたい気がするな。

 ……いや、そもそもあいつ、人のために怒れるのだろうか……?

 自分のためなら怒りそうな気もするが……。

 でも……そうだ。

 そういや昔……一度見たことが……。

 怒ったあいつを……。

 あれは……いつのことだっただろうか……。

 それを思い出そうとしていると視界が完全に暗くなった。

 徐々に意識も薄れていく。

 それでも、ほんのわずかに残された意識の中で、それは聞こえてきた。


「あー落とさないでよぉ? それとーても貴重なんだからー」


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