大陸暦1526年――薬品店の特定1


 近衛隊から届いた分厚い封筒は、待ちに待っていた薬品店の一覧だった。

 私はそれを持ってすぐさま、中央監獄棟へと赴いた。そしてラウネに渡すと、彼女は封筒から書類を取り出して一通り目を通してからそれらを無造作に執務机の上に並べた。


「喉の乾きを促す薬以外は結構、売ってるんですね」


 執務机に広げられた書類を見ながらマルルが言った。


「痺れ薬は普通、剣や矢などの獲物に塗ったりするものだからな。動物や下級瘴魔かきゅうしょうまにもある程度の効果があるし、冒険者や狩人が購入したりと需要があるのだろう」


 そう答えると、マルルがこちらに顔を向けてきた。


「興奮剤もそんなに需要があるんですか?」


 無垢な顔で問われても、流石に私もそれは知らない。


「あるんですかぁーウルルー?」


 執務椅子に座っているラウネが正面を見上げて、わざとらしげに首を傾げた。

 今日、この獄吏官長室には私たち三人のほかにも、もう一人、年長の男性がいる。

 男性の名前はケイン・ウルテ。ここ中央監獄棟の次席尋問官だ。年齢は聞いたことはないがおそらく二十代後半ではないかと思う。彼は前獄吏官長のころから次席尋問官を務めており、元々はラウネの上官だった人物だ。


「な、なぜ私に訊かれるのですか」


 ラウネと机を挟んで正面に立っていたウルテ殿はあからさまに狼狽えた。

 それもそうだろう。仮にも女だらけの状況で、媚薬の話しなど振られては。


「こういうのはー男の人のほうが詳しいかなぁと思ってー」

「詳しくありません!」

「奥さんとかー愛人とかにーまーたく使ったことないのぉ?」

「ありませんし、私は昔から妻一筋です……!」


 きゃーと黄色い声が上がる。マルルだ。


「ほんとにぃ? 一度も遊んだことないのぉ? 貴族の癖にぃ? ねえねぇ――あいたぁ」


 私に頭をはたかれたラウネが縮こまる。


「お前が女で年下で上官でも十分問題発言だからなそれ。……ったく。すみませんウルテ殿」

「……いえ」


 力ない、だけど人の良さそうな微笑みを浮かべる。

 苦労しているなと思った。まあ、上官がこれなのだ。苦労しないわけがない。


「しかし」マルルが資料に目を向ける。「これでは犯人が購入した薬品店を特定するのは大変ですね」


 確かに。机に並べられた資料によると、三種の薬が売られている店は星都せいと中に点在している。犯人が住んでいるとラウネが推測した北区に絞ればそれなりに数は減るが、どう考えても住まいの近くで買っているとは思えない。そんなの犯罪心理に明るくない馬鹿でも分かることだ。そう私でもな。だから結局は星都せいと中を視野に入れて犯人の足取りを追わなければならない。


「簡単だよー」


 しかし、ラウネはこともなげにそう言った。

 え、とラウネ以外の三人が彼女を見る。


「まずー最初の被害者が発見される前ー二十日以内に三つの薬のうちー売っている店舗が少ない喉乾きの薬が売れたところを見ますー」


 ラウネは販売履歴を見て、それらを抜き出す。そしてほかの資料を雑に端に寄せた。机に残ったのは二十店舗分の資料だ。まだまだ多い。


「次はーこの中からー二人目の被害者が発見される前ー二十日以内にー喉乾きの薬が売れたところを見ますー」


 ぱぱっとラウネがそれらを抜き出す。そして当てはまらない資料をまた雑に寄せると、手に持っているそれを置いた。十二店舗分だ。


「次はー三人目の犠牲者が出た翌日ー」


 九店舗。


「んでー五人目の犠牲者が出た翌日ー」


 六店舗。


「今度はーこの六店舗の周辺でー最初の犠牲者が発見される前にー喉乾きの薬と同日に痺れ薬と興奮剤が売れた店を捜しますー」


 ラウネは手持ちの資料から二枚ほど抜き出すと、それを私に渡して残りを端に寄せた。そして端に寄せられた中から三枚の資料を手に取ると、それも私に渡してくる。


「地図ー」

「はい!」


 マルルが棚から丸められた紙を持ってくると執務机に広げた。星都せいとの簡易地図だ。

 そこにラウネが赤インクを浸けたペンで東区画に三つほど丸印を付ける。手元の資料と照らし合わせると喉乾きの薬が売れた薬品店と、同日にその周辺でそれぞれ痺れ薬と興奮剤が売れた薬品店だった。

 次にラウネは西区画に二つほど丸印を付ける。喉乾きの薬が売れた薬品店と、同日その周辺で痺れ薬と興奮剤が一緒に売れた薬品店だ。


「これで二箇所に絞られましたー」


 ……なるほど。だが。


「ですがなぜ一人目と二人目は犯行前で、そこからは二人犠牲者が出た感覚で購入されていると思われるのですか? 一人づつでしたらまだ店舗は増えると思いますが」


 私が疑問に思っていたことを、マルルが先に言ってくれた。


「喉乾きの薬の容量だよー。これは一度に回数にして四回分しか売っちゃいけないって法で定められてるんだー。一回分なら文字通り喉が少し渇くぐらいでーあまりよろしくないお店では売り上げを上げるためにーちょちょっと入れるところがあるんだけどー」

「え、そうなんですか」マルルが驚く。

「そうなのー。だけどー二回分を一気に使うとー喉が渇いて渇いて仕方がなくなるんだー。犯人は一度に二回分を使ってるからーだから二人犠牲が出た感覚なんだよー」

「どうして二回分を使っていると言い切れるのですか?」


 今度はウルテ殿が訊いた。


「えーだってぇ、ただ喉が渇いてるだけの人を見ても面白くないじゃんー」


 面白くないじゃんと言われても、という気持ちが一致したようにウルテ殿と目が会う。マルルはただ感心するかのように頷いている。


「だからと言ってー三回分入れてもー二回分と効果は変わらないしー」

「それで二回分か。しかし、だとすると先ほどマルルも言ったが、なぜ二人目の前にも買ってるんだ? 一人目に使ったものがまだ残っているだろう」

「それが使えないんだなー」


 意味が分からず眉を寄せると、もしかして、とでもいうようにウルテ殿が息を飲んだ。


「使用期限が二十日、ですか?」

「当たりー。ウルル偉いねぇ」


 ウルテ殿は褒められて控えめながらも満更でもない様子を見せている。年下に褒められて素直に喜べるのは人がいい証拠だ。


「そうー喉乾きの薬っていうのはねークレチレルンという実の中身から作られているんだー。この実はねー殻から出して大気中の粒子に触れるとーゆっくりと味が変質する特性があってー最後にはちょー苦みが増して飲めたもんじゃなくなるしー効能もなくなるのー。その限度が殻から出して二十日ってわけー。だから基本的には受注生産品だねー。まぁ? 作るの自体はそんなに難しくないからー二十分もあれば作れるよー」

「なるほど。一人目の被害者の失踪日から二人目の被害者の失踪日までには三十二日ほど日にちが空いている。その間に薬が駄目になったのでまた犯行をするとなったときに新たに購入したのか」

「そういうことー。因みにー痺れ薬は一度に五回分ー興奮剤は一度に三回分しか売っちゃいけなくてーどちらも使用期限は大体半年ぐらいだよー」


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