大陸暦1526年――薬品店の特定2


「しかし、それなら喉渇きの薬が三人目からは犯行の翌日に買われているという根拠はなんだ? 一人目はともかく二人目も犯行前に買ってるんだ。薬がなくなってもまた犯行前に買っていてもおかしくはないだろう?」

「それにはまずーなぜー? 二人目の犯行までに日にちが空いているのかを知ったほうがいいねぇ」ラウネはそう言うとウルテ殿を見た。「説明してあげてーウルルー」

「は、はい」 


 振られてウルテ殿は背筋を伸ばすと、こちらを見た。


「一人目と二人目の犯行に間が空いてしまったのには、その間、犯人が罪の意識に苛まれていた可能性があると考えられます」

「罪の意識、ですか」


 ウルテ殿が頷く。


「はい。連続殺人犯の中には稀にですがそういう人がいます。殺したいと思ったのは確かだが、どうして自分がそう思ったのかは分からない、という動機があるようでない人間が」


 動機があるようでない人間――。

 ――性質とは魂に結びついた人に科せられた枷であり、その人の行動原理をも左右するものだ。

 ふいに昔、ラウネが言っていたことが脳裏に思い起こされた。

 そして即座に否定する。そんなことあるわけがないと。


「その場合は必ず一人目と二人目の犯行には間が空いており、その間、自分が行なったことへの恐怖と後悔、そして自分の中から湧き上がる欲望――悪魔を抑えるのに必死だったと犯人は答えています。そして結局はそれが抑えきれずにまた罪を重ねてしまい、そうなると当人曰く、もうタガが外れたように自分を止められなくなるそうです。今回の犯人も、もしかしたらその部類に当てはまるのかもしれません」


 ウルテ殿は意見をうかがうようにラウネを見た。


「当てはまると思うよー。ただしーこの犯人には明確な行動理由があると思うけどねぇ」

「つまり三人目を殺して翌日に薬を買い足しているのは、その時点でもう自分が止められなくなっておりすぐに次の犯行のことを考えているから、ということか」

「そーゆーことー」

「だとしても翌日に買う理由にはならない」

「それは犯人の性格から読んだのー。ほらー几帳面なタイプって必需品が切れるとーその日か翌日には補充しないと落ち着かなくなるでしょう?」


 それは……まあ、分からないでもないが。


「分かる気がします」ウルテ殿が同意する。「自分もそのタイプなので。むしろ備品などは余分に買っておくか、切れそうになる前に次のを手配してしまいます」

「そうだねーできれば犯人も買い溜めておきたいだろうねー」

「だが、喉乾きの薬は使用期限の関係でそれができないと」私は言った。

「それもあるけどーそれ以前に薬品店っていうのは再購入をするときには一度ー薬瓶を返さないといけないじゃんー?」

「薬瓶を返す?」


 聞き返すと、マルルとウルテ殿が意外そうに私を見た。……もしかして常識なのか?


「あーそっかー」ラウネが嫌らしい笑顔を向けてくる。「なんとかは風邪を引かないからレイレイは知らないんだねぇ」


 言葉を伏せている意味がないとか、馬鹿にされていることは置いておいて、こいつの言うことは事実だ。私は生まれてこのかた、本当に一度も風邪を引いたことがない。だから風邪薬なんて買ったことがないし、薬品店にも世話になったことがない。


「それはレイチェル様が馬鹿ではなく、単にお体が丈夫なだけだと思います!」


 マルルが私を助けるように言ってくれたが、見事なぐらいに逆効果だ。さらにはラウネが言葉を伏せた意味が本当になくなっている。しかもそのことに本人は全く気づいていないようで、真剣な顔でラウネを見ている。……先日から薄々感づいてはいたが、どうやら彼女は真っ直ぐすぎるが故に天然なところがあるらしい。

 そしてウルテ殿はというと、困ったように上官と同僚を交互に見ている。その様子からして、普段からこの二人に挟まれて気苦労が絶えないんだろうなと思った。


「まぁ丈夫なのは間違いないだろうねぇ」ラウネが言った。「冬期に冷たい雨の下で体力試験をさせられたときー翌日何人か体調を崩した中で誰かさんはケロリとしてたしー」

「それはお前もだろ」

「わたしはキミと違って頭が良くて丈夫だからーってー今でも納得できないんだけどーわざわざ雨の日に試験をやらなくてもよくないー?」

「前から決まっていたのだから仕方ないだろ」

「別日に調整することだってできるでしょぉ? だいたいねーそうやって生徒が疑問もいだかず思考停止しているから教師も調子に乗るんだよー」


 ラウネが口を尖らす。当時もこいつは同じように文句を垂れていた。濡れるのは嫌だと言って。だが教師に単位を落とすことになるぞとある意味、脅されて仕方なく参加したのだった。どうやらまだあのときのことを根に持っているらしい。


「それはもう済んだことだろ」

「でもぉ、思い出したらムカついてきたー」

「それはまた今度、聞いてやるから今は話を戻せ。なんで薬瓶を返さないといけないんだ」


 ラウネは横に立っている私を見上げると、得意げな顔を浮かべた。


「仕方がないなぁ。このわたしがー無知なレイレイのために薬品店の仕組みを教えてさしあげよー」


 なんとも恩着せがましい言い方だが、そこは普通に知りたいので素直に受け入れる。


「頼む」

「薬品店で薬を買うにはー薬代だけでなく薬瓶代を支払わないといけないんだー。んでー継続して同じ薬が欲しい場合はーその薬瓶を購入店に持参することで薬代だけで薬が買うことができてー最終的に薬が要らなくなったときにはー購入店に薬瓶を返却することで薬瓶代は返ってくるって仕組みになっているんだよー。因みに瓶はー薬の品質を保たせるために魔法で施しがされている特別製だよー」

「なるほど。しかし、薬が切れないと補充購入ができないっていうのは少し不便じゃないか? 風邪薬とか体力薬とか常備薬とかは何個か常備しておきたいものだろう」


 自宅に常備薬が一つもない私が言うのもなんだが。


「それらの薬は購入制限がないからー薬瓶代さえ払えばいくらでも売ってくれるよー」

「そう言うってことは今回の三つの薬は購入制限があるのか」

「そうー。一人に一瓶しか販売してはいけないっていう決まりがねぇ」

「それだったらほかの店で買えばいいじゃないか」

「それがねー販売が制限されている薬はねーほかの店舗での重複購入が禁止されてるんだー。だからねーそういう薬を購入した場合は忠告されるんだよー。購入時に記入してもらった住まいと指名はーお役人を通して同じ薬を売っている店舗に共有されてーほかの店舗で重複購入したことが発覚した場合は今後ー販売できなくなるってー。星府せいふから営業許可を得ている薬品店にはそういう義務があるんだよー。薬が犯罪に使われた場合に購入者を特定しやすくするためにねー。とは言ってもこれが現状だけどねぇ」


 ラウネは私の持っている資料を指さす。先ほど絞られた薬品店のものだ。マルルとウルテ殿がこちらを見たので、私は二人に見えるように資料を水平に持つ。そこには販売日が記されているのみで、住まいや名前などの詳細な内容は書かれていなかった。

 机の端に雑に寄せられた記録を見ても、記されていたりいなかったりとした具合だ。


「これできちんと記録を取ってくれていたら、二人の人間に絞れましたでしょうに」


 ウルテ殿が残念そうに言った。


「だねぇ。これは星府せいふに指導してもらわないとだねぇ」


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