大陸暦1526年――新たな犠牲者2
「隊長」
呼ばれてソファを見ると、ウーデルが
「まだ、疑ってます……?」
その様子はまるで飼い主に怒られた犬のようだ。
全く……と私はため息をつく。
「流石に副長が殺人犯だとは思っていない」
ウーデルは顔を明るくすると、胸に手を当てて安堵した。
「あーよかったー。これで心置きなく女の子と遊べます」
そこは控えろよ、と思ったが口には出さなかった。こいつと仕事以外の話をすると余計に疲れる。
ウーデルはポケットから携帯手鏡を取り出して前髪を整え始めた。
新聞を読み終わったのならどこかに行ってほしいのだが……。
そう思いながらウーデルを睨んでいると、ふとこいつに用事があったことを思い出した。
「ウーデル」
「はい?」
「新人のエルデーン・シャルテをどう思う?」
そう。エルデーンのことを相談しようと思っていたのだ。なのにこいつときたら、あの日の夕方は女の子と約束があるのでとか言ってさっさと帰るわ、翌日の朝もギリギリにやって来たので慌ただしくて話すことができず、それですっかり忘れていた。
ウーデルは携帯手鏡をポケットに仕舞うと答えた。
「あぁ、彼女、いいですよねー」
まあ、そう言うだろうな。
ウーデルがエルデーンに一目置いていることは初めから分かっていた。それをこいつから直接聞いたわけではないが、所々で自分の使いをさせていることから想像はつく。
「今でも可愛いですけど、あれは将来えらい美人になると思いますよー」
続けて聞こえてきた言葉に、私は頬が引きつるのを感じた。
そんな私を見て、ウーデルが笑う。
「やだなー冗談ですよ冗談。俺だってその辺、
幸い、なのかどうかは分からないが、ウーデルは部隊内の女性にだけは手を出さないよう決めているらしい。以前に仕事は仕事、私的は私的と分けているのだと胸を張って言っていた。それは当然のことなのでは? とも思ったが、そのときは応対するのが面倒だったので無視した。
「そうですね。剣術はまだ荒削りなところがありますが、指摘したところはすぐに直しますし、教えたこともすぐに吸収します。だから上達が早い。それに元々の筋もいい。そこはやはり騎士の家系と言いますか、血筋を感じますね。隊長はあまりこういう考えかたは好まれないかもしれませんが」
「別に私はそれだけで人を判断するのが嫌いなだけだ」
「もちろん俺も血筋だけで判断するのは好きではないですよ。なんたって俺自身が散々、言われてきましたからね。それでも騎士の家系の男子か、とかね。俺、剣術と馬術は頑張ってたのに酷いですよね」
それは剣の腕がどうとかではなく、女好きのことを
「それで話を戻しますが、一年でも実践を積ませれば化けると思います。ただ少し体力が低いみたいで、そこだけが懸念どころですね」
それは先日、私も指摘したところだ。
「人となりに関しましては真面目ではありますが堅物ではありません。言動に貴族特有の上品さはありますが、それが気にならないぐらいの気さくさがあり、身分性別関係なく誰とでも上手くやっています」
「上の受けはどうだ」
「可愛がられていますよ。先輩に対してお堅いだけでなく会話を崩すころあいが上手いのが、その要因かなと思います。たまに、悪い言い方をすればなれなれしいんですが、でもそれが逆にいい味になっているというか」
それはなんとなく分かる気がするな。
それにしても相変わらず人をよく見ている。
ウーデルの凄いところは、それが部隊の誰でも即座に説明できるところだった。もちろん男でもだ。そこは素直に感心するところだった。
「それなら私の補佐にしても問題はないと思うか」
そう言うと、ウーデルは電撃でも走ったかのように目と口を見開いた。
それから食いつくように前のめりになる。
「ない! ないですよ隊長! むしろ適任です!」
「凄い喜ぶな」
引くぐらいに。
「そりゃそうですよ。これで会う度に不満そうに睨まれたり小言を聞かずにすみます!」
小言はともかく不満そうにしていたことには一応、気づいていたんだな。
それを今まで知らんふりしていたのは、ある意味、称賛に値する。
「そうだそうだよ。この手があったよ。なんで俺、気づかなかったかなぁ」
「なんなら副長自体も変わってもらってもいいんだが」
それにはウーデルも顔を強張らせて頭を振った。
「それは勘弁してくださいよ! それこそ俺、シュバルツ
ウーデルは兄上のシュバルツ第二騎士隊長のことが苦手らしい。それは優秀すぎる兄に劣等感を
「冗談だ。ならそのように取り計らってくれ。制服の手配もな」
補佐ということは士官用の制服を着させなければいけない。
「了解です!」
ウーデルは立ち上がると慌ただしく隊長室を出て行った。
嵐が去ったような気分になり、私はため息をつく。
「……たく」
まあ、これでことあるごとにウーデルに不満を募らせることもなくなるだろう。……いや、それはこれからもありそうだが、なんにせよ少しは気が楽になりそうではある。
あとは事件が解決すれば、気が取られるものもなくなるのだが……。
そう思っていると前触れもなく扉が開いた。私は少しだけ驚く。
「隊長」ウーデルだ。
「なんだ。忘れ物か」
「いえ、近衛隊からなにか届いてますよ」
その手に持たれていたのは、分厚い封筒だった。
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