03

大陸暦1526年――新たな犠牲者1


「うへぇ。また犠牲者ですよ隊長。これで六人目だ」


 隊長室の執務机で仕事をしていた私は、書類から顔を上げて前を見た。

 そこにはソファに座り、呑気に新聞を広げて読んでいる副長ことウーデルの姿がある。

 珍しく昼にここに来たので、やっと手伝う気にでもなったのかと思っていたら、これだ。ただ単に朝、自宅で読みそびれた新聞を読みに来たらしい。新聞を置いてある場所は、ここ以外にもあるというのに、あえて忙しくしている私の前で読むことを選ぶのだから、いい度胸をしている。ここまで来ると呆れを通り越して逆に感心する。いや、腹は立つが。

 私がなにも反応しないことを言葉が足らないと思ったのか、ウーデルは付け加えるように言った。


「毒薬連続殺人事件の」

「そうか」


 その新聞ならすでに私も自宅で目を通している。

 そしてまたもや犠牲者が出てしまったのかと落胆もしている。

 ラウネに薬物の特定を頼んだ時点で五人目の遺体発見から日にちが経っていたので、次があるのならばそろそろかと思ってはいたが……残念な限りだ。


「毒で殺すなんて陰湿だなぁ」


 ウーデルが独りごちる。

 殺しに陰湿もなにもないと思うのだが。それに毒殺でもない。

 なにも知らない新聞社は、今回も前回の見出しをそのまま使っている。そして、それが事実でないことをウーデルは知らない。彼は私がそれを手伝っていることを知らないからだ。隠しているわけではない。ここに来ないから話す機会がなかったのだ。


「それにしても、女の子ばかりを狙うなんて最低のクズ野郎ですよね」


 こちらを見てそう言ったウーデルの顔と声には珍しく怒りが含まれていた。

 こいつでもまともに腹を立てる心があるのだな、と思っていると。


「こんなことが続いたら女の子が警戒して遊んでくれなくなっちゃいますよー」


 続けていつもの調子でそう言った。

 少しでも見直しそうになっていた私が馬鹿だった……。私はため息をつく。

 軽薄な発言でも分かる通り、ウーデルは大の女好きだ。

 本人が言うには市街地に繰り出して女遊びをするのが趣味らしい。

 なんとも理解に苦しむ趣味ではあるが、個人的かつ勤務外のことなのでとやかく口を出すつもりはない――が、不祥事だけは起こしてくれるなとキツく言い付けてはいる。私も部下の女性問題で新聞社に取材など受けたくはない。もし取材など受けた日には、日頃の鬱憤からウーデルに不利なことばかり話してしまう自信がある。

 それにしても。


「まだ遊んでくれる女性がいるのか」


 呆れるようにそう訊くと、ウーデルが珍しそうに目を開いた。私がこういう話題に乗ることがないからだろう。普段ならおおよそ無視を決め込んでいる。


「いますよ。普通に」

「そいつらは中央区住まいか」

「いえ、まちまちですね。北区とか西区とか南区とか」

「その場合は中央区の市街地に出てくるのか」

「はい。行きつけのお店とかに集まったりします」

「そこから二人で抜け出したりとかもするのか」

「ええ、まぁ。そりゃ健全な男女ですから。ただ飲んでるだけでは、ねぇ?」


 そうなると被害者も中央区に繰り出していたところを、ラウネが言うように上手いこと口車に乗せられて殺害現場まで連れて行かれた可能性があるのではないだろうか。全員がそうだったかは確認が取れていないが、少なくとも被害者のうちの二人は男遊びが盛んとのことであったし、ウーデルのように女目当ての男が集まるような店に顔を出していてもおかしくはない。それならば被害者の住まいに統一性がないのも説明がつく。

 このことをリビアに話して、中央区市街地の巡回を強化してもらうべきだろうか? ……いや、中央区には若者が集まる店などいくらでもある。たとえほかの区画から人員を割いたとしても、そういう店を全て網羅することはできないだろう。それに多くの人間の中から犯罪性がありそうな男女を見分けるのも難しい。

 それでも警備が増えれば犯罪抑制にはなるだろうし……。

 そう一人、頭を悩ましていると、唐突にウーデルが「違いますよ!」と声をあげた。


「犯人! 俺じゃないですよ!」


 ……こいつはいきなりなにを言ってるんだ。


「誰もそんなこと言ってないだろ」

「それならなんで、尋問みたいなことをしてくるんですか!?」


 尋問? 私は普通に疑問に思ったことを訊いただけなのだが……って。


「お前、それで狼狽えるってことは、なにか後ろめたいことでもあるんじゃないだろうな」


 殺人犯、は流石にないにしても、不祥事になるようなことが。


「ないないないですって! こう見えても俺! 女性の間では優しいって評判なんですよ!?」

「ある筋から聞いた話によると、毒薬連続殺人事件の犯人像は優しくて顔が整ってる男性らしい」

「俺じゃないですか!」


 こいつ……自分で自分の顔が整ってるって思ってるんだな。

 ……まあ、容姿でもなんでも自分に自信を持つこと自体は悪いことではないと思うが、ウーデルに限ってはなんか、引くな。


「いやいやいや。調べればきっと現場不在証明アリバイがありますから!」


 ウーデルは家を出ておらず、ヘルデン家の邸宅に住んでいると本人から聞いたことがある。こいつはこれでも一応、貴族ではあるので自宅には家族だけでなく使用人もいるだろうし、だから誰かしら現場不在証明アリバイを証言してくれる人間はいるだろう――が。


「お前、月の半分は家に戻ってないって言ってなかったか」


 以前にその都度、ホテルや女の子の家に泊まるとか言ってたような……。個人的なこととはいえ、やはり引くな。


「意外と俺の話、聞いてくれてるんですね」


 聞いてはいる。無視をしているだけだ。


「はい。そうですよ。でもその場合はその女の子が現場不在証明アリバイになりますよね」

「先月のも覚えているのか?」


 初犯は一月ひとつき以上も前のことなんだが。


「はい! 覚えています!」

「何日に誰に会って、どこに泊まったかも?」

「はい!」

「何人もいるんだろ」

「大丈夫です! 俺、人の名前と顔と地理と日付を覚えるのには自信ありますから! あと女の子のスリーサイズも!」

「お前、気持ち悪いな」


 胸を張って答えたウーデルに、私はついに本音が口から出てしまっていた。


「直球の悪口!」


 女性にそんなことを言われたのは初めてだぁ……とか言いながら衝撃を受けているウーデルをほうって、時計を見る。時刻は十六時前だ。

 ラウネの文書を届けて今日で二日経つ。薬品店のことについてリビアからはまだ連絡はない。星都せいと中の店を調べているだろうから時間がかかることは承知だが、ただ待っているだけというのもなんだか落ち着かない。その所為で書類仕事も捗らないし、新しい被害者が出てしまった以上、なにかしら自分でも動きたくなってくる。

 リビアが言っていた通り、やはり私は一度首を突っ込んだらほうっておけない性格らしい。


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