*
渇望
「あぁ……うっ……ぅ」
ずっと耳に届いていた声色が変わった。
それで薬が切れてきていることに気づいた僕は、瞼を開ける。
視界には床と椅子の脚、そして足の間に組まれた自分の手が見える。
僕は項垂れていた頭を上げて前を見た。
目の前――ベッドの上には、仰向けのまま手足を拘束されベッドにくくりつけられている裸の女性がいる。苦しそうに呻いて体をよじらせながら、怖ろしいものを見るような目でこちらを見ている。
その姿を見て、なんて可哀想なのだろうと思った。
彼女が心から憐れでならない。
でも、彼女をそうしているのは誰でもない。自分なのだ。
僕の意思で、僕が望んで、彼女の尊厳と自由を奪ったのだ。
その逃れようのない目の前の事実に、目の奥が熱くなる。
組んだ手と、唇が震え出す。
体の奥から感情が溢れだしそうになる。
こんな自分が自分で怖ろしくて
この世界から消し去りたいぐらいに恥ずかしくて
それなのに僕は今、少なからず満たされている。
あのときから大きく空いてしまった心の隙間を、今だけは埋められている。
でも、完全にではない。
失ったものが大きすぎて、それを完全に塞ぐことはできない。
だけど、僕はもっと満たされる方法を知っている。
知っているのだ。
思考がそこに行き着いた途端、溢れそうになっていた感情が急激に引いていく。
手と唇の震えが止まる。
僕は自分でも驚くほどの自然さで、椅子から立ち上がった。
それを見ていた女性の全身が怯えるように大きく震える。
――駄目だ。
僕は自分を制止する。
これまでしてきたように、自分を止めようと試みる。
だけど体が言うことを聞いてくれない。
寂しくて、不安で、心がどうしてもそれを求めようとする。
会いたくて、彼女を少しでも感じたくて、どうしようもなくなってしまう。
僕はベッドに近づくと、その上にあがった。
そして女性の上にまたがる。
彼女とよく似た緑色の瞳が、僕を見ている。
恐怖と嫌悪を
今にも溢れ出しそうな涙を目尻に溜めて、痺れ枯らした喉で小さな呻き声を上げている。
その憐れな姿があのときの彼女を連想させ、僕の自制心が働こうとする。
でも、すぐにそれを覆い尽くすぐらいの衝動が体の中を埋めた。
両手を前に出す。
その手はまた、震えている。
僕の気持ちを反映するかのように、震えている。
それでも、衝動に押されるように、その手は止まらない。
震える両手はやがて女性の細い首を包んだ。
手のひらには女性の体温と、早鐘のような脈が伝わってくる。
僕はその手に力を込めると、そのまま、体重をのせた。
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