大陸暦1526年――毒薬連続殺人事件1


 毒薬連続殺人事件、と呼ばれる事件の最初の被害者が見つかったのは先月、火の月ひのつきの四日のことだった。


 被害者は星都せいとの北区画に住まうエミリー・オルス。十六歳。女性。

 彼女は遺体が発見される十二日前に行方が分からなくなり、九日前に北区画で問屋とんやを営んでいた父親から守備隊に捜索願が出されていた。

 行方不明から捜索願を届け出るまでに日にちが空いているのは、エミリーが無断外泊をすることがあったからだという。彼女は日頃から夜に出歩くことが多く、素行があまりよくなかったらしい。資料に貼り付けてある顔写真の印象では育ちのいいお嬢さまという感じで、とてもそのようには見えないのだが。

 実際、お嬢さまというのは間違っていない。商業区とも呼ばれる北区画には商売を営んでいる人間が多く、貴族ではなくとも比較的裕福な平民が住んでいる。

 エミリーの家もそうだ。彼女の家、オルス家は七代続く繊維問屋とんやの老舗になる。そのオルス家の第一子として生を受けたエミリーは、両親に愛され何不自由ない生活を送ってきた。そんな彼女が両親の心配をよそに夜に遊び歩いていたのは、もしかしたら平穏で代わり映えのしない生活に刺激というものを求めていたからかもしれない。……いや、勝手な憶測はよくないが。


 ともかくにもエミリーは早朝、北区の貧民街――壁区へきくと呼ばれる場所の路地奥で発見された。

 第一発見者は壁区へきくの人間ではなく、星都せいと防壁を巡回していた衛兵の男性だ。

 視力に自信のある彼は任務中、高い星都せいと防壁の上から人が寝ているのを見つけた。夜の暗さもあり最初は酔っ払いが寝ているのか、もしくは路上生活者だろうと思ったが、それでもどこか引っかかりを感じた彼は夜勤明けの朝、同僚に付き合ってもらって確かめに行くことにした。そしてエミリーの遺体を発見したというわけだ。

 遺体はおおよそ直立に置かれており、胸下で手を組まれていた。

 エミリーの死因は首の手跡と、顔の鬱血から絞殺と断定。死後硬直と死斑から死後七~十時間と推測。手足には鉄枷のようなもので拘束されていた跡があったが、それ以外は目立った外傷はなく、それどころか体は拭かれたかのように綺麗だった。

 暴行された形跡も一切なし。また衣類は失踪時と同じものを身に付けており、それには大きな汚れも乱れもなく、ブラウスのシャツなんてボタンが全てとめられていた。

 死亡推定時刻からして遺体が遺棄されたのは夜中になるのだが、周辺を取り調べた結果、それらしき目撃者はなし。治安があまりよくない壁区へきくというのと、その壁区へきくの外れに位置する遺体発見現場はもともと、夜に人が寄りつかない場所であった。

 星都せいと防壁の衛兵も犯人らしき人物は見ていない。

 それも仕方がないことだ。星都せいと防壁の衛兵は基本的に外に監視の目を向けている。それ以前にたとえ壁区へきくを見ていたとしても、あの場所は明りが少ない。夜の闇の中、高い防壁の上からそれが見えたものはいないだろう。

 一応、魔法の中には闇夜を見通すものがあるらしいが、それを使い続けるには神経を使うらしく、あまり監視に使われることはないそうだ。


 それでほかに手がかりもなく、捜査も行き詰まっていた同月。火の月の中旬も過ぎた三十四日。また女性の遺体が発見された。


 二人目の被害者は西区画の中心地と壁区へきくの間――壁近へきちかと呼ばれる場所に住んでいたイベル・チャルター。十八歳。

 イベルの失踪に最初に気づいたのは、彼女が働いていた壁近へきちかにある酒場の店長だった。

 店長によるとイベルは遺体が発見される九日前――二十五日から突然、店に出て来なくなったという。イベルがこれまで無断欠勤をすることがなかったことから体調でも崩したのかと思った店長は、その日のうちに彼女の住まいを訪ねた。しかし、部屋には荷物そのままに彼女の姿はなかった。部屋の中まで確認ができたのは、イベルが住んでいたアパートの大家と店長が知り合いだったからだという。合鍵を使ったのだ。

 そのあとの調べによるとその日イベルを見たものはおらず、最後に目撃されたのは前日――二十四日の夕方のことだった。

 目撃者はイベルと同じアパートの住人で、階段を上り三階の自分の部屋に戻ろうとしていたところ、すれ違った彼女と軽く挨拶を交わしたのだという。彼女が酒場で働いていることを知っていた目撃者は、今から出勤するのだと思っていた。だが、その日イベルは仕事が休みであり、酒場には行かなかった。つまり彼女はその目撃を境に行方が分からなくなったということになる。

 イベルには身寄りがなく、遺体で発見されるまでの間、守備隊に捜索願を出すものはいなかった。そのことは店長も同僚すらも知っていたのに、誰もが捜索願を届け出ようとはしなかった。

 そのことを怪しく感じた守備隊が店長を問い詰めたところ『得意客がいつも買っていた女の子と駆け落ちをすることはまれにあるから、今回もそうだと思った』と答えたという。

 そう。その言い回しで分かる通り、イベルが働いてた酒場は普通の飲食店ではなかった。

 表向きは普通にお酒を提供し、裏では客に店の女の子を斡旋する。ようは売春酒場だ。そしてイベルの同僚はみな、身寄りのない女性ばかりだった。

 弱い立場につけ込んで金儲けに利用するなど反吐が出る行為だが、守備隊が女性たちに聞き込んだところ不満を持っているものは誰一人いなかったらしい。彼女らの話によると、ここはほかのところに比べて賃金は高くないが、その代わりに衣食住の世話をしてくれるし、なにより店長がその手の経営者にしては良心的なのだという。

 女性を売っておいて良心的もなにもないと思うのだが、強制売春ではない以上、店長の行いは法に触れていない。それになにより本人たちが納得しているのであれば、外野がとやかく言う権利はない。

 しかし、だとしてもそうしなければ彼女らのような身寄りのない女性が生きていけない現状を、素直に受け入れられるわけがない。一つの可能性として、自分もそうなっていたかもしれないと思うと尚更に――。


「キミの私見はいいからー」


 少し愚痴っていたらラウネから突っ込みが入った。

 こればかりはラウネの言う通りだと思い、私は説明を続ける。


 それでイベルの遺体が発見されたのは北区画との境目近く――西区画の壁近へきちか、誰も住んでいない廃屋の中だった。

 地元で幽霊廃屋と呼ばれているそこは、普段からも人が寄りつかない場所だという。

 それでもたまにガラの悪い連中がたむろしていることはあるが、雨風もしのげないので居座り続けることは滅多にないのだとか。

 遺体の第一発見者は壁近へきちかに住む男性だ。

 その日の朝、寝坊をした彼は、仕方なく仕事場までの近道である廃屋近くの細道を通っていた。仕方なくというのは前述の通り、廃屋にはたまにガラの悪い連中がいるからという理由だ。それでも流石に朝にはいないだろうと思っていた彼は、そのことを気にせず足を早めていた。すると廃屋近くに差し掛かったあたりで、異臭に気がついた。それが嗅いだことのない臭いだったのもあり、彼はつい好奇心に駆られて廃屋の中をのぞいてしまった。そしてイベルの遺体を発見したのだ。

 遺体の状況から死後一日以上は経過。死因は一人目と同じく絞殺。体は腐敗を除けば綺麗なもので、衣類も失踪時と同じものを身に付けており大きな乱れもなかった。

 遺体発見現場周辺での有力な目撃証言はなし。あっても男女の酔っ払いを見たぐらいのものだ。遺体が遺棄されたとされる夜から発見されるその朝まで、ガラの悪い連中もそこには行かなかったらしい。


 それから今月半ばまでに発見された三人も、状況はほとんど同じなので私は簡潔に説明をした。

 被害者は一貫して十代半ばから後半の女性であり、住まいは中央区画以外に住んでいること。

 彼女らは仕事でも遊びでも必ず夜に出歩いており、そのときに行方知れずになっていること。

 遺体発見場所は北区画か、西区画の壁近へきちか壁区へきくのどちらかであり、遺体はおおよそ直立で置かれていてどれも胸下に手を組まされていたこと。


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