大陸暦1526年――捜査協力依頼2
「どうせキミはー」そこでラウネが話に割って入ってきた。「わたしが書いた返事をーあー書いたのはホルホルだけどー」
ホルホルとはマルルのあだ名だ。マルル・ホルマルだからホルホルらしい。
私のレイレイといい、こいつは昔から人に変なあだ名をつける癖がある。
「私は獄吏官長に命じられて仕方なくそのまま書いたんですぅ」
つい先ほどティーセットを持って来てくれたマルルが、ティーカップに紅茶を注ぎながら反論した。彼女は獄吏官長付き、つまりはラウネの補佐でもあるのだ。だから手紙も代書したのだろう。
マルルは紅茶を注ぎ終わると、私とラウネの前にそれを置いた。それから後悔するかのように息をはく。
「とはいえ、やはり失礼ではありましたよねぇ……」
……まあ、他部隊からの正式な協力要請を一言で一蹴するのは失礼以外の何物でもないだろう。だが、そこに責任が生じるとすればそれを負うべきは命じられたものではない。命じたものだ。そう。部下のマルルではなく上官のラウネが責任を持つべきなのだ。それは軍隊でなくとも同じであろう。だから私は気を落としている様子のマルルに、責任を感じることはないと言葉をかけようとした。しかし、その前に彼女が口を開いた。
「こっそりと、です、ぐらいは書き足すべきでした」
独りごちるようにそう言ったマルルに、私は思わず首を傾げてしまう。
反省すべきはそこだろうか……?
「それでそれでー」とラウネが言った。
私とマルルはラウネに顔を向ける。
「その返事を見たキミはー頬を引きつらせてーあいつーて思ったでしょう?」
その通りだった。
手紙を見た瞬間、私は頬を引きつらせていた。
「代わって謝罪いたします」
それから私が悪いわけでもないのに頭まで下げてしまう。
「お気になさらないでください」リビア近衛副長は手のひらを見せて言った。「サーミル獄吏官長がどのような人物かは聞き及んでいますので」
それで、と彼女は話を続ける。
「こちらとしても管轄外のことを無理にお願いしたくはないのですが、しかし、今は薬物以外に犯人に繋がる手がかりがなく、そこでボルゴ騎士団長殿に相談をさせていただいたところ、サーミル獄吏官長とお付き合いのある貴女に仲介をお願いをしてみてはと助言をいただいた次第です」
リビア近衛副長が隣に視線を向ける。これまで静かに私たちのやり取りを聞いていたナルドック団長はその視線を微笑みで受け取ると、そのままの顔でこちらを向いて言った。
「ほら、彼女とは仲がいいんだろ?」
なにをもって仲がいい、と定義づけられるのかは分からないが、一応ラウネとは士官学校の同期であり、一回生のときからの付き合いにはなる。
そしてなんの因果か、あいつにとって私は唯一の友人と呼べる存在だ。
そのことは士官学校の同期か数人の友人、ほかには今のところお茶のネタにと話したナルドック団長ぐらいしか知らない。だから獄吏官長と聞いて私が思い浮かんだのだろう。
ナルドック団長の言葉に対してなんと答えるか迷っていると、リビア近衛副長が言った。
「ご自身の職務でお忙しいところ申し訳ありませんが、これ以上、被害をおさえるためにも、サーミル獄吏官長にご助力いただけるよう取り次いでいただけませんでしょうか?」
「それでキミはー分かりましたー彼女とは話ができる間柄ではありますー。これ以上ー被害者が出るのはー守備隊と同じく国の治安維持を担うものとして心苦しいことですー。事件解決のためにーできる限り尽力させていただきますーと言ったー」
そんなに間延びした話し方はしていないが、一語一句、間違っていない。盗み聞きしていたのかと思うぐらいにそのままだ。というか。
「さてはお前、こうなることを分かっていたな」
そうだ。なんでもお見通しのこいつが、あんな手紙を返した時点で私が来ることを予測できないはずがない。
「さぁ? どうかなぁ?」
ラウネはとぼけるようにそう言うと、寝転んだまま横向きに体勢を変えて、片腕で頭を支えてから紅茶を飲んだ。それからお茶と一緒に用意されているクッキーを口に
こいつは部屋などくつろげる場所では大抵、このような体勢でお茶を飲んだりお菓子を食べたりしている。もちろんこれまで何度も注意はしてきたが、こいつは一向に聞く耳を持たない。最近ではもう諦めて、まだ食事のときと外でやらないだけでもマシだ、と思うことにしている。それでも目の当たりにするたびに眉は寄ってしまうが。
「だいたいお前、こういう事件は嫌いではないだろ。なんで断ったんだ」
ラウネは学生時代から新聞の事件欄や未解決事件の資料を眺めては、にやにやとしていることがあった。なんでも凄惨な事件の犯行の様子を想像したり、犯罪者の心理を推測するのが好きなのだとか。
それを初めて聞いたときは全くもって悪趣味だと思った。なんの罪もない人間が非業な死を迎えてしまった痛ましい事件を、娯楽のように楽しむとはなんて不謹慎なのだと。
しかし、ラウネがあまりにも事細かに事件を推理するものだから、もしこれが本当ならば犯人が捕まるのではないかと思った私は、本人に許可を貰って知り合いである守備隊の区画隊長に話してみた。あくまで素人の推理だと念を押して。
すると数日後、ラウネのお陰で事件が解決したと区画隊長が礼を言いに来たのだ。
しかも、それはその一度だけに
そう。人が聞いたら誰もが眉をひそめるこいつの趣味は、世の中の役に立ったのだ。
そして、それは今でも生かされているのだから安易に否定もできない。
「んー忙しかったんじゃないかなぁ」ラウネが言った。
「人ごとのように言うな」
「てかさーキミ暇なのー? こんなこと引き受けるなんてー」
「暇ではないが、
そう返すといったいなにが面白かったのか、ラウネはケラケラと笑った。
「
「別にいいだろ。それで協力するのかしないのか。というかしろ」
「わぁ、横柄ー」
なんだか楽しげにそう言ったあと、ラウネは上体を起こしてソファの上であぐらをかいた。それから両手をブーツの上に置く。
「どんな事件なのぉ?」
リビア近衛副長は依頼の書面と一緒に捜査資料も送ったと教えてくれたのだが、どうやらこいつはそれも読まずに断ったらしい。ということは先ほどの言葉は嘘ではない。そのときは本当に忙しかったのだ。
ラウネはなにかに追われていると機嫌が悪い。おそらく依頼の書面はそのときに届いたのだろう。そしてマルルがそれを読んで即答で『無理』と言ったのだ。
「資料はないのか」
大まかな事件の内容は覚えているが、流石に資料なしで詳細に説明できる自信はない。それ以前に資料があるのならば当人がそれを読んだほうが早い。
ラウネは「資料ー?」と部屋にいるマルルに視線を向けた。もしかして返事と一緒に送り返したのだろうかと思っていると、マルルが執務机そばの棚から紙束を取り出して私に差し出してきた。
「こちらです」
受け取ると事件の捜査資料だった。念のため収めておいてくれたらしい。流石マルルだ。こういう細やかな気配りうちの副長も見習ってほしい……って、私が読んで説明するのか?
思ったことが顔に出ていたのか、マルルは眉尻を下げて申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「すみません。これから見回りの時間でして」
それから一礼をするとマルルは部屋を出て行った。
「いや、自分で読めよ」
資料を差し出すがラウネはそれを受け取ろうともせず、親指と人差し指でこめかみを押さえた。
「文字の見過ぎで目が疲れちゃってて読めないー」
嘘だ。昔から一日中、活字を読んでいても平気な顔をしている癖に。
しかし、こいつは下手な嘘を言い出すと、なにを言っても聞く耳を持たない。本当に自分勝手なヤツなのだ。
「ったく」
喋ることも理解もラウネのほうが得意だというのに……。
私は諦めのため息をつくと、事件の資料に目を向けた。
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