大陸暦1526年――中央監獄棟
高い防壁に囲まれた中から塔のようにそびえ立つ、大きな円筒の建物。
国内で捕えられた犯罪者が収監される場所――中央監獄棟だ。
馬車は防壁に作られた大きな出入り門を通り、中央監獄棟の敷地内へと入った。
私は車窓から外を眺める。ここは監獄棟の本部とあって、敷地面積も、壁の高さも、棟自体の大きさも、ほかの監獄棟より規模が桁違いだ。また、重要犯罪人が収監されていることから警備も厳重であり、防壁の上や見通しのよい中庭には穴がないようにくまなく衛兵が配置されている。
中央監獄棟は発足して以来、脱走者を一人も出していないと聞いたことがあるが、これを見れば確かにと頷ける。これでは姿を消せない限り、脱獄は無理だろう。魔法の中には姿を消せるものもあるらしいが、もちろんそうできないよう魔法による対策はされているらしい。私は魔法学には明るくないので、どのような対策がなされているかまでは知らないが。
馬車は出入り門から真っ直ぐ進み、やがて中央監獄棟の本棟である大きな円筒の建物の前で止まった。私は馬車を降り、監獄棟内に足を踏み入れる。入口の衛兵たちはこちらを見たが、敬礼はしてこない。それは衛兵だけでなく、すれ違う人たちも同じだ。
監獄棟は指揮系統が独立していることもあり、ほかの部隊の人間に対して堅苦しく接してくることはない。任務で捕えた人間を連行してきた際には流石に敬意を払ってくれるが、それ以外は基本みんな自然体に過ごしている。だからといって私がそれに
私は玄関広間を進み、そのまま階段に足を向ける。
「レイチェル様」
すると、その途中で横から声をかけられた。
そちらに顔を向けると、漆黒の制服を身につけた一人の女性が駆けてきている。
彼女は私の前に立つと、かかとを揃えてから敬礼をした。その敬礼は騎士のものとよく似ているが、少し違う。騎士は腕を両胸の前に掲げるが、彼女は右胸の前に掲げている。これは監獄棟だけで使われている敬礼だ。
「お疲れさまです!」
歯切れよい発音で挨拶をしてきたこの女性は、中央監獄棟のマルル・ホルマル獄吏官だ。ここでは顔なじみの一人であり、もっとも気兼ねなく話ができる人間でもある。
「お疲れマルル。調子はどうだ」
「絶好調です!」
あどけなさを残した晴れやかな笑顔を浮かべてマルルが答える。犯罪者を収監する監獄棟には眩しすぎるぐらいの溌溂さだ。なにも知らない人間が彼女を見たら、とても犯罪者を管理する獄吏官とは思わないだろう。実際、私も初めて会ったときは――ここは衛兵以外は基本、同じ制服のため――獄吏官だとは思わなかった。
だが、容姿や言動で侮ってはいけない。こう見えても彼女にはどんな犯罪者を前にしても怖じ気づかないほどの度胸がある。たとえそれが強面の山賊や猟奇殺人犯であってもだ。
それだけでなくマルルは誰に対しても公平だ。
獄吏官と言えどそこはやはり人間である。法を犯した犯罪者には普通に嫌悪感を
私がそれを認識したのは去年、任務で捕まえた賊をここに連行した際、移送中の犯罪者とマルルが和やかに会話しているのを見かけたときのことだった。そのときの彼女があまりにも自然体だったので、のちほど大した罪ではないんだろうなと思いながらマルルに罪状を聞いてみたところ『彼は奥さんを殺害して体を切断して庭に埋めたんですよ』と臆することなく答えられて驚いた。
そんな誰にでも公平なマルルが担当した犯罪者の中には彼女を慕ったり改心するものまでいるらしく、それどころか死刑囚ですらも来世はまともに生きると彼女に誓ったものもいるのだとか。
罪人に罪を悔い改めさせるなんてまるで、監獄の中の修道女である。
これが熟練の獄吏官というのならばまだしも、まだ二十歳になりたての女性ができるのだから大したものだと思う。しかも年齢よりも若く見えるから尚更にそう感じてしまう。
「そうか。お前の上官殿は部屋か?」
「今は尋問中です。私もそちらに向かうところでしたのでご案内します」
「ありがとう」
マルルの後に続き、階段を上り通路を歩いて曲がってまた階段を上る。
それから建物に沿って作られている曲線の通路を進む。この階層の通路右側には一定間隔で鉄扉がはめこまれている。それらは全て尋問室だ。
監獄棟ではただ犯罪者を収監するだけではなく、日々、犯罪者に対して尋問が行なわれている。そうして事件の詳細を明らかにしたのちに、犯罪者は裁判で裁かれ刑に処されるのだ。
私は通路を進みながら尋問室の鉄扉に顔を向ける。鉄扉には鉄棒が三本ついた四角い小窓がついており、そこから少しだけ中を垣間見ることができる。
尋問室の中には四人の人間が確認できた。
尋問対象の犯罪者に尋問官、そして書記官に衛兵だ。
どの部屋にも同じ光景が広がっていることから、どうやら今が丁度、尋問の時間帯らしい。ここはこれまでにも何度か通りかかったことがあるが、何気にこの光景を見るのは初めてだ。だからどのように尋問が行なわれているのか、犯罪者を捕える側の人間としては少し興味がある。
しかし、あまりじろじろ見続けるのも失礼かと思い、私は好奇心を抑えて正面に顔を戻した。それでも耳には尋問室から漏れ出した声が聞こえてくる。
監獄棟の建物には全て防音結界――外に音が漏れないよう壁などに描かれた、魔法の発現に必要な紋語が用いられた紋様――が張られているが、尋問室自体には張られてはいない。それは不正防止と、あとは不測の事態があった場合、通路にいる人間がすぐに気づけるようにするためだ。
なので基本的にこの階層は、尋問情報を外部に漏らさないために部外者の立入は禁止されている。だが、私は一応、以前に監獄棟内を好きに歩き回ってもいいと許可をもらっている。騎士隊長という地位があるからではない。私が外部になにかを漏らすことはないと、こちらのお偉いさんからお墨付きをいただいているからだ。それもいい意味ではなく、頭が硬すぎるからという少し小馬鹿にした理由で。
頭が硬いことは否定しないが、個人的なことや、重要な事柄などを人に話さないのは当然のことだと思うのだが……。
そう言われたときの納得のいかない気持ちが思い起こされながら歩いていると、緩やかな曲線の通路の先、一番奥の鉄扉が開いたのが目に入った。
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