大陸暦1526年――平民


「第五騎士隊長殿がお見えになりました」


 扉の中から「入れてくれ」と声が返ってくる。宮殿騎士は両扉を開くと横に退いた。私は礼をしながら「失礼します」と口にして入室する。

 正面、部屋の奥にある執務机には一人の男性が座っていた。

 私は部屋の中程まで進むと、かかとを揃えて敬礼をした。


「レイチェル・イルスミル第五騎士隊長、お呼びに応じ参じました」

「よく来てくれた」


 それは柔らかな、威厳よりもまだ若さが強く残った声音だった。

 髭を生やしていないその顔も若々しく、声に見合ったようなどこか人懐っこそうな笑みが浮かんでいる。

 男性は立ち上がると、執務机を回り込んでこちらへと近づいてきた。

 体格は大柄というわけでもなく、背丈も飛び抜けて高いわけでもない。人の良さそうな顔と相成って、騎士服を着ていなければとても軍人には見えない。

 だが、紛れもなくこの男性こそがせいルーニア騎士団、および、宮殿騎士隊の全てを取り仕切っているナルドック・ボルゴ騎士団長その人だ。

 ナルドック団長は四年前、隣国で起こった紛争でまだ新米騎士の身でありながら、戦死した副団長の代わりに分隊を立て直し勝利に導いた英雄として名が知られている。

 そのときの功績が認められ副団長の後任として選ばれたあと、去年、十九歳という若さで星王国せいおうこく騎士の頂点である騎士団長に任命された。

 この一連の出来事は物語にもなっており、星都せいとの子供たちの間では彼を題材にした絵本や劇が流行っているらしい。その影響か子供たちの憧れの騎士としてもよく名があげられ、また、素朴さを感じさせる整った顔立ちと気取っていない性格から女性人気も高いとか。これらは全て人に聞いた話ではあるが、宮殿騎士時代の同僚の中にも何人かナルドック団長に好意を寄せていた人間がいたことからするに、あながち嘘ではないだろう。

 そんなこんなでなにかと注目されているナルドック団長だが、さらにはそれに拍車をかけている要素が三つある。


 一つ目は騎士になる以前は冒険者をしていたことだ。

 通常、騎士を目指す人間は士官学校に入る。それは騎士の称号を得るための騎士認定試験を受験するためには軍関係者の推薦状が必要であり、士官学生なら余程、素行と成績が悪くない限りそれを書いてもらうことができるからだ。

 騎士認定試験自体は士官学生でなくても受験が可能だが、一般人が推薦状を手に入れるのには、なにかしらの人脈がないと難しい。そして、たとえ推薦状をもらえたとしても、受かる確率はかなり低いとされている。騎士認定試験は実技だけでなく筆記もあるからだ。士官学生で騎士を目指すものは日々、騎士認定試験に向けて指導を受けているが、一般受験者はそうではない。いくら個人で試験対策をしていたとしても、そのために何年も費やしてきた士官学生には到底、及ぶものではないだろう。

 だが、ナルドック団長は一般で受けて、一発で合格した。


 二つ目は才能を見出したのが星王家せいおうけの第二王子殿下だということだ。

 第二王子、ルトニクス・デル・サザント・センルーニア殿下はその生まれや素行、そして美しい容姿からなにかと話題に事欠かない人物だ。世間の言葉を借りて言うならば女好きの放蕩王子と呼ばれており、その放蕩ぶりがどれぐらいかというと、こんな私でさえも軟派されたことがあるぐらいのものになる。

 それほどまでに女性に目がないルトニクス殿下だが剣の腕は一流であり、殿下が冒険者であったナルドック団長の才能を見抜いて当時の騎士団長に騎士認定試験の推薦状を書かせたというのは有名な話だ。


 そして最後の三つ目は、星王国せいおうこくが始まって以来の平民出身の騎士団長だということだ。


 そう。ナルドック団長は平民なのだ。

 私が騎士隊長を引き受けた理由はここにもある。

 それはなにもナルドック団長が平民の味方を欲しがっていたからではない。

 確かにナルドック団長はその出自から一部の貴族に良く思われていないが――それは私も全く同じだが――彼はそれぐらいのことはなんとも思っていない。むしろ隊長会議で本人たちを前にして平然と『ぽっと出の平民に命令されることを快く思わないものがいることは承知している。だが、誇り高き星王国せいおうこくの騎士として、民を守るため私情を挟まず責務を果たしてくれると助かる』と言ってのけるぐらいの胆力はある。

 私が引き受けたのは、普通に説得されたからだ。

 これからは身分など関係なく、その立場に相応しい人間が管理職に就くべきだと。それは自分だけでなく星王せいおう陛下のお考えでもあり、自分が騎士団長に選ばれたのはそれを踏まえた上でのことなのだと。

 そのことから前第五騎士隊長が引退を決めたとき、後任を身分関係なく選出することになったのだそうだ。とはいえ騎士全員が対象になったわけではない。管理職に就けるのは上級騎士の称号を持つものだけであり、そこだけはきちんと法で定められている。

 しかし、上級騎士の称号を得るためには士官学校を上位成績で卒業するか、なにかしらの功績を挙げて授与されるかの二通りしかない。それに士官学校上がりの上級騎士が全員、騎士になっているわけでもない。そのため候補者の人数自体はそう多くなく、そして、その中でも平民は一握りだった。

 だから後任の選出には、その年に士官学校を成績上位で卒業予定の学生までもが含まれることになった。

 そう。私は卒業前に後任の候補者の一人に選ばれていたのだ。

 私が卒業前に出していたせいルーニア騎士団への配属希望が通らず、宮殿騎士隊に配属になったのはこのためだった。ナルドック団長は私を近くに置いてどんな人間かを見極めていたのだ。

 そうして一年間、当人が知らずうちに行なわれていた試験に合格したのが私というわけだ。

 ナルドック団長は断り続ける私に、まるで白状するかのようにそれを話してくれた。

 一応は士官学校の成績上位卒業である私が配属先の希望が通らなかったことも――普通は通るらしい――新人の私が変に団長に連れ回されたりすることがあったことも、突然に自分が後任に選ばれたことも不思議でならなかったのだが、それで全て納得がいった。そして、そういう過程を経て、何人かいる候補者の中から自分が選ばれたことは正直、悪い気はしなかった。私には出世欲も承認欲求もないが、人に認められること自体が嫌いなわけではない。特に尊敬に値する人間が認めてくれるのは、それは誰でも普通に嬉しいというものだろう。


 だから、引き受けてしまったのだ。

 これでは最終的に煽てられて引き受けたようにも見えなくもないが、それはあながち間違いではないので、そう言われたところで反論はできない。

 そう。私は、単純なのだ。それは十分に自覚している。


「悪かったな。わざわざ出向いてもらって」


 ナルドック団長が手で隣の応接室へと促す。騎士団長室は、執務室と応接室が壁の隔たりなしで隣接している。

 応接室のソファに腰を下ろすと、ナルドック団長が応接机に用意されていたティーカップに紅茶を注ぎ始めた。彼とは何度かお茶をしたことがあるが、大抵はこうして自らもてなしをしてくれる。最初は遠慮を感じていたこの光景も、今ではもうすっかり慣れてしまっていた。

 しかし、今日はいつもと様子が違うところがあった。

 応接机にティーカップが三人分、用意されているのだ。

 もう一人誰か来るのだろうか――それを問う前に、ナルドック団長は二人分の紅茶を注ぎ終わると、向かいに座って口を開いた。


「研究棟の依頼は上手くいったか?」

「はい。死骸と生きた見本を一体、引き渡しました。報告書は今日中に提出させていただきます」

「なにも問題がなかったのなら明日でもいいさ。レイチェルも報告書を書くのは苦手だろ?」

「そうですね。瘴魔しょうまよりもよっぽど難敵です」


 私の冗談にナルドック団長が朗らかに笑った。


「全く同感だ。うちはまだ副団長がそのあたり得意だからいいけど、そっちはそういうわけにはいかないもんな」

「そうですね」


 うちの副長ことウーデルの顔が思い浮かんでため息をつきそうになったのを、私はなんとかえた。それでも顔には出ていたのか、ナルドック団長が苦笑を浮かべる。


「どうしても目に余るようなら、シュバルツに会ったときにでも愚痴ってみたらどうだ?」


 シュバルツというのはせいルーニア騎士団、第二騎士隊長の名前だ。

 そして、ウーデルの兄上でもある。

 第二騎士隊長とは隊長会議で何度か話をしたことがあるが、弟とは似ても似つかないぐらいに礼儀正しく誠実な人だった。それは性格だけでなく容姿もで、正直、二人が並んでいても兄弟には全く見えない。そのことを第二騎士隊長に初めて会ったあとにウーデルにこぼしたら『そりゃそうですよ。俺とシュバルツにいは腹違いなんで』と当然のように言っていた。彼らの実家ヘルデン家は騎士貴族の名門らしいのだが、貴族ではそういうのが当り前なのだろうか。平民の私にはよく分からない。


「このような些事で、彼のお時間をいただくのは気が引けます」


 私がそう返すと、ナルドック団長は意外そうに眉をあげた。


「そうか? むしろ喜ぶと思うけど」

「え」


 喜ぶ? いや、確かに第二騎士隊長は初対面のときに『分からないことや困ったことがありましたら仕事のことでも愚弟のことでも遠慮なく、自分に相談してください』と親切に言ってくれてはいたが、あれは社交辞令というものではないだろうか。それとも人から相談を受けるのが好きな人なのだろうか。それに関しては私も嫌いではないので気持ちは分からなくもないが……だとしても喜ぶほどのことだろうか。

 そう怪訝に思いながら小首を傾げていると、ナルドック団長が小さく咳払いをした。


「いや、今のは気にしないでくれ。あぁ、来たみたいだ」


 そう言ってすぐ、扉が開く音と共に「失礼します」という声が聞こえてきた。

 出入口に顔を向けると、開かれた扉から白い近衛隊の制服を身にまとった女性が姿を現わす。見覚えのあるその顔に、私は思わず名を口にしていた。


「リビア――テルン近衛副隊長殿」


 彼女は無表情で私をみとめると、小さく礼をした。


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