大陸暦1526年――星王国
フルテスタ大陸の中心に位置する大国、
大陸四大国の一つに数えられるこの国は、神の力――
この地には国が興る以前、大陸中から魔法素養者が集まって作られた魔法学園都市が存在していた。そこでは生物に害のある
その理念は国家となってからも受け継がれており――もともと魔法学園都市も王となる前のルーニアが発案したものであった――魔法研究の先進国である
そのため、この国では魔道士の家系ではない一般市民の中にも、多少なりとも魔法素養を持って生まれるものが多い。その確率は、聞いた話によると他国の倍以上だという。
今も丁度、それを証明するかのような光景が車窓に広がっている。
私が乗っている馬車は今、
中央区画には歴史的建造物も数あることから、他国からの観光客もよく訪れる場所だ。車道のそばにある噴水広場にも、自国民のほかに観光客らしき人間の姿が多く見られる。
その噴水広場には、観光客向けの様々な屋台が並んでいる。どの屋台にも人は集まっているが、その中でも一際、注目を浴びているのは果物ジュース屋と串屋だ。
果物ジュース屋では店員が魔法で生みだした氷をカップに入れ、串屋では客に提供する前に魔法で火を
かく言う私も、初めて
それは私が他国の生まれだからというわけではない。一応は私も生粋の――両親の話では――
そんな小さな村でも流石は
馬車は噴水広場を通り過ぎ、中央大通りへと出る。すると馬車正面の窓に一際、大きな建造物が見えてきた。
六角形から成る
白亜の城と称されるこれこそが、
ここ
私も一昨年、士官学校を卒業して一年間は宮殿騎士として城に勤めていた。
だが、そこで色々なことがあり去年初め、引退する第五騎士隊長の後任に選ばれたのだ。
もちろん最初からそれを素直に引き受けたわけではない。それはもう何度も断った。たとえ
それになにより私は平民だ。
隣国のゼンテウス帝国のように、そのように法で定められているわけではないとはいえ、それがこの国でも普通なのだ。騎士隊長にしてもこれまでの歴史上、一度も平民が任命されたことがない。今でも私を除く六人の騎士隊長はみな、騎士貴族の出身だ。
別に私は人目とか風評とかを気にする性分ではないが、それでもその中に混じるのは流石に気が引けるというものだった。
しかし、結局は引き受けてしまい今に至る。
正直、後悔していないといえば嘘になる。むしろ執務机に座る度に後悔している。
それに、回りが貴族だらけの隊長会議に出るのにも、なかなかに気を使う。
ほとんどの騎士隊長は私を対等に扱ってくれてはいるが――それが本心かどうかはともかく――中には明らかに侮蔑の目を向けてくる人もいる。そのことに憤りを覚えたりはしないが、気疲れすることには変わりない。
それでも子供のころからの目標であった
馬車は城壁の中へと進み、それからほどなくして止まった。
「到着しました」御者が言った。
「ありがとう」
私は礼を言って、開いた扉から馬車を降りる。すると
それを視線で受け止めながら
通路を歩いていると、警護をしている近衛騎士が敬礼をし、城に勤める人たちがすれ違う度に軽く頭を下げてくる。その度に私はなんともむず痒い気持ちになった。自分も去年まではあちら側の人間だったのもあり、どうも畏まられるのにはまだ慣れない。知った顔ばかりの自分の城――生意気な言い方をすれば――と言える五隊軍営内ならばまだしも、多くの人が集まる公共の場で様々な人に礼を尽くされるのは、居心地の悪さを感じてしまう。
だからこういうときはつい足を早めたくなってしまうのだが、そのつど私は『駄目だ』と自分を戒めていた。
城内で走るのが禁止されているわけではない。その証拠に先ほどからも書類の束を手にして、忙しそうに走っている人間と何人かすれ違っている。それでも私が早歩きさえもしないのは、半年間の隊長実習で前第五騎士隊長にそのように教示を受けたからだ。
普段から歩行が早めであった私に前第五騎士隊長は『いかなるときも指揮官は急いではならない』と言った。
指揮官がそのような姿を見せれば部下は何事かと思うだろうし、中には不安を
それを聞いたときは全くその通りだと思った。確かに部下の立場からしたら、忙しなくしていたり慌てふためく指揮官などあまりお目にかかりたいものではない。何事にも動じることなく、堂々としていてくれたほうが見ていて安心するし心強い。
そして、それはほかの部隊の指揮官であろうと同じだ。前第五騎士隊長が『いかなるときでも』と言ったのは、たとえ自分の部下の前でなくとも指揮官たる振る舞いを崩してはいけないという意味なのだ。
だから私はその教えを守るために、歩くときはいつも気を張っている。
そしてその度に思う。全く指揮官というものは、服装といい所作といいなんとも気を使うことが多いのだなと。ただの騎士であったときには分からなかった苦労だ。
そうして自分にしてはゆったりと歩を進めていると、やがて目的地である騎士団長室が見えてきた。騎士団長室を警護する二人の宮殿騎士が私の姿をみとめて敬礼する。それから左側の騎士がすぐに扉を叩いた。
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