VSヴァルハザード 2

「ふッ!」

 足場を踏みしめ跳ね回り、シンイチロウは宙を駆ける。片手に構える拳銃は『アイボリー』。

 吐き出される竜型の炎を散らすは『泡沫』の魔法。更に耐火性を付与された『束縛』のリボンが炎に巻き付き鎮火する。火の粉を浴びながらシンイチロウは更に天へ、燃え盛る厄竜の舞うところへと躍り出る。

「──ほう」

 ヴァルハザードの瞳がシンイチロウを捉えた。咄嗟にあやかが跳ねる。真由美の創った足場にヒビが入るほどの踏み切りを経て、火竜の喉元へドロップキックがお見舞いされる。吐き出されたブレスが明後日の方向にすっ飛んでいくのを尻目にシンイチロウは竜に狙いを定める。その喉が再び熱い空気を吸い込むより速く、シンイチロウは渾身の力を以て銃爪を弾いた。

「『封凛禍散』……!」

 弾丸が命中するまでを見つめながら、シンイチロウは奥歯を食い縛る。この段階で切りたくはないカードだった。大戦期最強を誇ったというあの火竜の手札がこれだけとは到底思えない。本来ならばもっと温存すべき手札だったろうが、周囲への被害も考慮すると早い段階で封じておかなければならなかった。

 追加で何発か撃ってダメージを与えつつ、シンイチロウは一旦後退する。額に浮かぶ汗を拭うと、上空からあやかの声が降ってきた。

「ひゅー、ナイスシンイチロウ様! 俺様じゃなかったら耐えられなかったぜ!?」

「いや、君は燃え盛ってるままでいいのか」

「おう! 一回やってみたかったんだよ、火拳」

 どうやらこの竜型の炎というものは、能力が封印されたからと既に放たれたものが消えるわけではないらしい。未だ炎に包まれたままのあやかだが、慣れてきたのか動きに多少キレが上乗せされたように見えた。再びヴァルハザードへと飛びかかり、叩き、打ち、殴る。それに呼応するようにシンイチロウも再び前進し、真由美も竜特攻付きの刀を無数に創造する。しかし無数に創られた水色の刀のそのすべてが、火竜のたった一息で溶けて消えた。


『……、小細工を』

 呟くような一言。直後、竜の全身から超高温の炎が噴き出す。あまりの熱量に飛行型救世獣が数体、刹那にして溶けた。あやかは咄嗟に後ろに跳んで避け、反応が遅れたシンイチロウを真由美が創造した防火壁が守る。

「……くっ」

 防火壁越しに熱を感じながら、シンイチロウが歯を食いしばる。理解していたはずだった。相手は竜という圧倒的な力を持つ生物──その中でも大戦期最強として名を馳せた個体。たかが能力一つを封印しただけで止められる相手ではない。

おれはその程度の小細工じゃ倒せねえぞ! さぁ、次はどうするんだ!?』

 紅蓮の竜が笑う、獰猛に笑う。この決戦会場一帯を焼き焦がすほどの炎でシンイチロウの頬を汗が伝う。しかし、全身が燃え盛る影がゆらりと立ち上がった。

「ははっ──そうこなくっちゃな!」

 猛禽類に似た瞳が燃え上がる。心なしか、あやかが纏う焔も更に勢いを増したかのようだ。相手が強ければ強いほど紅蓮の少女は更に燃え上がる、燃え盛る。

「リロードッ!」

 踏み出し、跳び上がる。炎に包まれた影が宙を舞う。

「手を伸ばせば届くんだ──だから俺様は! どこまでもッ!」

『ハッハ──その威勢、いつまで続くかなァ!』

「うおっ!?」

 正面から迫る炎のブレスに、あやかは思わず目を見開く。気づいた時には炎のブレスの中に飛び込んでいた。身を焦がす熱が更に激しく肌を焼き、情念を焚きつける。凄まじい熱量のブレスの渦中で、あやかは無限にリペアを繰り返しながら──拳を開く。

「この手を! 伸ばすんだッ!」

 燃え盛るあやかが火球状のブレスから飛び出す。その猛禽のような瞳が狙うのは、竜の首元──そして一瞬だけ目配せをしたのに、真由美は気づいた。

「リロード、リロード、リロード──ブレイズ・インパクトォ!!」

 その手が手刀の形をとった。ヴァルハザードが再びブレスを放とうとしていたその刹那、燃え盛る手刀が竜の喉元を打ち据える。喉元で一瞬ブレスが堰き止められ、竜の顔が一瞬苦しそうに歪む。更に拳や掌打を連打するあやかを無理やり振り払い、半ば吐き捨てるように火球のブレスを吐いた。それでもあやかは止まらない。足場を伝って再び竜へと飛び掛かり、更なる打撃を続ける。

 ──そして、そんなあやかを見つめて。


「私は──なんでもできる」


 己を鼓舞するような言葉と共に。

 大道寺真由美は、マギア・メルヒェンは刀を構える。

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